30-5 秀才にぶめ
「夕霧さえ言い寄ってきてくれれば。それを口実に許すのに」
こんな伯父の思し弱りも耳に入ってはいたが。
六位宿世と言われたんだ
ぜったい見返してやらなければならない。
夕霧葵の息子だけに、恋より誇りをとる気高い男
なりふりかまわず内大臣にすり寄ったりなど、まずしなかった。
冷静にかまえて、でも他の女には目もくれず
一途に機を待っている。
「しつこい奴だなー」
そのストーカー的な執念深さに、光は苦笑した。
「雁ちゃんが許されないなら、他の子もらえばいいじゃん。妻は何
人でももてるんだし。十八まで独身て、逆にうわついて見えるよ」
お父さんらしく忠告する。
「あんたに関係ないだろ」
夕霧は冷たい目でにらんだ。
「俺はあんたのこと、父だなんて思ってない」
きついことを淡々と言う。
「仕方ないなあ、この甘えん坊め。いつまでも反抗期なんだから」
光はくすりと笑うと
「こんなこと、俺も父上に言われても従う気にならなかったから、
あまり言いたくないんだけど。今思うにー」
と始めて、原典一ページ超に及ぶ長説教を吐いた。
要するに、俺みたいになっちゃダメだよってことらしい。
「お前みたいないい男がずっと独身でいたら、女達に気をもますだろ。
いい親に気にいられて、さっさと婿に落ち着いちゃえって。中務親王
とか、おすすめだよ」
「結構です」
夕霧はぷいと去ってしまった。
何がおすすめだよ、だ
あんたのすすめなら、なおお断りだよ。
夕霧悪態をついて、結婚など全く念頭にない。
だが内大臣家ではこの話題が大きくて
「どうしよう。俺が「しつこい!」と断ったばかりに、光は中務の宮
を夕霧の嫁にするかもしれん。どうしよう…」
伯父さん今さら弱って、おろおろしだした。
雲井雁も気にはなったが
夕くんはぜったい、そんなことはしない。
二十歳にもなって、まだ人を信じていた。
信じるしかなくて
つれなさは憂き世の常になり行くを忘れぬ人や人に異なる*
こんなに君を忘れられない俺って、やっぱネクラかなあ?
夕霧はこんな文をくれた。
かすめてもないや、お嫁候補のこと。
雁は逆に寂しくて、クールな人を揺り動かしたくなった。
限りとて忘れがたきをわするるもこや世になびく心なるらん*
あなたが私を忘れても、私は忘れないよ。
ずっと好きです。
…
夕霧は「ん?」と思った。
忘れるって何だろ
俺が雁を忘れるって意味かな?
俺返信遅いからなあ。怒らせただろうか。
夕霧忘れっぽい人ではないが
中務の宮のことはどうでもよすぎて、全く記憶から消えていた。
雁はそれを言っているのだが
んー?
秀才にぶめだから、いまいちわかっていない。
彼女からの香りいい文を持ったまま
「んー」
しばらく首をかしげて見ている。




