30-4 ずっと待ってる
「何お前、すげえ上手いじゃん。なんで今まで隠してた」
光は驚愕して蛍の手筋をながめた。
上手なのを控えめに、とても美しい墨つきで書いている。
「別に隠してねえけど。男のお前に文書くこともねえじゃん」
蛍は苦笑している。
「書いてただろ須磨で。あれはすさびか?適当に書いてたのか」
「これはいつもの筆跡じゃないもの。女に出す時だけ使うんだよ」
「ずるい、出し惜しみやがって。これは没収な」
光は蛍の手習いを取り上げると、箱にしまった。
これも姫君の手本にしよう。
蛍にも手伝わせ、他の手本も選び出す。
「たくさんあるなあ。時間かかるよ」
蛍はあちこち集められた人の手を読みながら、軽く目をまわした。
「俺んちのも持ってこようか」
侍従に頼んで、嵯峨帝や延喜の帝の和歌集を持ってこさせた。
古い本だから、装丁からして美しい。
文字も、手を変え筋を変え、麗しく書き尽してある。
「すごい本だな。これくれない?」
「いいよ」
蛍は簡単にOKした。
「俺には手本が必要な女の子もいないし。姫君にあげなよ。うちに
あっても腐るだけだから」
やさしく笑って言ってくれる。
光はその笑顔に、少し胸が痛んだ。
でも笑って
「ありがと」
大切にいただく。
須磨明石の巻はまだ見せないことにしていた。
あの子がもう少し大きくなって、春宮の愛も確かなものとなってから、
ゆっくり教えればいいと思う。
光がそうして娘の入内準備に忙しくしている頃
雁の父内大臣は迷いに迷っていた。
なんだかんだ言ってる間に雁二十歳だよ
美しく成長して、春宮に入内させてもおかしくない子なのに。
そうできないのが、さみしい。
「私、夕くんともう寝ましたの」
雁自身こんな嘘を吐いて、懸命に身を守っていたのだった。
待っててって言われたんだから、私はずっと待ってる。
会えないことは寂しいが、それは父のせいだと思った。
夕くんは悪くない。
あいしてる、と思う。




