29-6 ひとりじゃない
同じ巣にかへりしかひの見えぬかないかなる人か手に握るらん*
どうしていますか。俺はつらい。
玉鬘を奪われ、強引に手もとに引き取られ
光は悔しかった
自分と大して変らぬ歳の髭黒が
美しい玉鬘を、思うさまなぶっているかと思うと
胸が痛い。
だが、表立って苦情を言うこともできなかった
実の親ですら、夫には勝ちがたい
それは、幼い紫を盗むように自邸に引き取った己が
一番よくわかっている。
「奇妙な親心ですね。嫁に出した娘に、まだ未練がおありかな」
その返信を髭黒にされて、光は思わず苦笑した。
内心文引きちぎりたいほどの憤怒
もう文は無理かなと思った
あんな男に鼻で笑われるくらいなら
腹の底に押しこめてたほうがずっとマシだ。
お前などにやるために、大事にしてたわけじゃない。
それだけは言っておく。
冷泉に会って腰抜かしたこの年の霜月
玉鬘に子が生まれた。
あんな髭黒との間の子なのに、とても可愛い。
これも宿世なのかな…
赤子を限りなく慈しむ夫を見て、玉鬘にもあきらめ風が吹いていた
これからは母として、この子のために生きよう。
この人にたくさん稼がせて、貢がせればいい。
子ができて、もう一人じゃなくなったことで
今までよりすこし、強くなれる気がする。
「そうか、決めたんだね。君の決断なら、俺は応援します。つらいこ
とがあっても、君ならきっと大丈夫。がんばれ!」
蛍はあたたかい激励文をくれた。
「ご出産おめでとうございます。お子さんと、お幸せに」
冷泉帝はいつもの微笑で、あっさりした文をくださる。
冷たいやさしさを持った方だと思った
本当に私のことを考えている
しかも甘やかさなかった
きっと、ずっと覚えています
冷たすぎるほど、やさしい微笑。
「帝の子ならね」
柏木などは、その子の可愛さにつけても
宮仕えをしっかりしていたら、ともったいなく思った。
子がいるから、内裏への出仕もやめてしまって
まあ、仕方ないのかな…
少しがっかりする。
女って、守るだけじゃだめなんだ
人より先に奪わなきゃ。
弟柏木、強く胸に刻んだ。
今は、姉の幸せだけを願う。
「尚侍があいたか。やっと私の出番が来たわね」
近江の君という人がいた。
舌の早い、内大臣の拾い子
弘徽殿女御に使われているのだが
出るなと言っても、つい出てくる
育ちの卑しさのせいだろうか
貴女に必要な要素が、ほぼすべて欠けていた。
「あら、この人?」
夕霧を見つけた彼女は、他の制止もきかず、ずずいと前に出てきた。
「あれでしょ?世に目馴れぬまめ人*ってのは。美男ねえ」
本人にも聞える声で騒ぐ。
えっ、俺?
夕霧は耳をぴくりとさせた
それでもつとめて平静を装う。
「ずっと一人を想ってるなんてしつこいね。ネクラなんじゃない?」
こいつか、例の田舎娘ってのは…
いきなりの無礼に、夕霧は驚いて眼をぱちぱちさせた。
これどう見ても貴族の血一滴も流れてないだろ
どこの馬の骨だか知らんが、こんな所に紛れ込ませやがって
カッコウの託卵かよ
図々しいにもほどがある。
「あそこはブスが行ったら消される所だよ」
もちろん女たちにね。
夕霧は一応親切に忠告してあげた。
根暗じゃなくて一途と言えよ
本当無礼にもほどがある。
大体一途の何がいけないんだよ。俺は潔癖なんだよ。誰の体でもいいって
わけじゃないんだよ。決して自信がないとか、美女にがっかりされるのが怖
いから幼馴染じゃないと不安とかそんな消極的な理由じゃなくてだな…
つい心の中で自己弁護した。
夕霧十七歳、ネクラは若干図星かもしれない。




