29-4 選択の先に
「女をひとり、落せますか」
蛍は、金の瞳をきらりとさせて尋ねた。
「さあ、どうでしょう」
隣で冷泉が、いつものように微笑む。
「落そうとして女性と接したことはないので。その気があれば、向う
から落ちてくださる。私はそれを待つだけです」
きれいな指で杯をとると、そっと蛍にさした。
「わけありな女がいます。好きでもない男に嫁いで、男の妻との間で
いざこざになっている。どちらにとってもいいことはないんです。妻に
は何人も子があるのに、その子たちも放って」
蛍は沈んでいた。
玉鬘は宮仕えに来ていた。
でも髭黒は、相変わらず玉鬘しか見ていない。
実家に帰った妻を連れ戻すのも面倒くさい
父宮は会わせてくれないし
ちょうどいいやといわんばかり、妻を放置している。
ただ、可愛い姫君だけが名残惜しい。
まあでもいいか、玉ちゃん孕ませればいいことだし
そんなことを思ってか
「早くうちに帰りなさい」
帝の手がつくのを恐れて、一刻も早い退出ばかりを促した。
もちろん玉鬘はシカトなのだが。
そういう気の毒な玉鬘と同じくらい
蛍には家出した妻が気がかりだった。
病の妻を捨てる
それはあまりにも、無情なことだよ。
何もしてやれなかった俺も最低だけど
追い出してそのまま放置ってのも、どうかと思う。
蛍はすこし酒をのんだ。
冷泉さんのものにしてしまえば
少しは事態も変るのではないかと思う。
ずるいやり方かもしれないけど
髭黒の横暴をとめてほしい
前の妻にも想いをかけてほしい。
今さらなしえぬ償いを彼に求めていることは、百も承知だった。
それがいかに自分勝手で、無意味なことなのかも。
「それは、その方の望みなのですか」
冷泉帝は静かにたずねた。
「わかりません、俺が勝手に思うことで。ただ、夫を気に入っていな
いことはたしかです。彼女はあなたに好意を持っているし」
どうですか?
冷泉帝は、蛍の瞳をあたたかい色だなと思ってながめた。
やさしい人だ
傷ついた心を捨てずに、そのまま抱いて持っている。
私にはできないかなと思った
私は飲みこむだけ
愛も勇気も、絶望と同じくらい
おいしく笑って飲みこめる。
「蛍さんのご意向は承りました。あとは私的な問題ですので、私たち
に任せていただけますか」
そっと笑う瞳が美しかった。
焔を映す
光より深い紅。
「彼女の幸せは、彼女の選択の先に。私はその手助けをするよう、
努めてみます」
にこっと笑うと酒をついで、こくこく飲んだ。
冷泉帝、本当は酔わない。
飲めば飲むほど微笑みの中
深い瞳が据わるだけである。




