28-1 いいいとこ
二十八.藤袴
宮仕えか、どうしよう…
玉鬘は思い悩んでいた。
宮仕えをして、秋好中宮様や弘徽殿女御様に嫌われたら、私
居場所がなくなってしまう。
実の親がいるのに、ここで養われていることで
「あの人これからどうなるのかしら?」と興味津々
ゴシップを期待する人もいるし。
お父様はこの方より弱いのか
遠慮なさって自邸に引き取ってもくれない。
たづね聞え給ひて後は、ことに憚り給ふ気色もなきおとどの君の御も
てなしを、とり加へつつ*―
何より、内大臣に話してからさらに自重しなくなった光の行動が
玉鬘を人知れず悩ませた。
もう、どうすればいいの?
私はいったいどうなるの…
一年以上光の攻勢を防ぐというのは、並大抵の努力ではない。
玉鬘は心底疲れていた。
味方とまでは言わない
せめて日ごろの悩みや不安を、ふつうに話せる相手がほしい。
「大変ですね」
夕霧は几帳を隔てて、じかに玉鬘と対面した。
二人とも鈍色の喪服を着ている。
光と内大臣を仲直りさせた大宮は、お亡くなりになっていた。
玉鬘にも贈物をくれて
「葵が生きていたらねえ」
そういって涙ぐんでくれたさまが、夕霧の胸に残る。
ばあちゃん、ありがとう。
いつも俺の味方をしてくれた人だったと思った。
母さん、ありがとう。
祖父、祖母、母をも送って
いよいよ夕霧、独りで生きていかなくちゃと思う。
頼もしい父が残っているようだが
「あんなの親じゃない」
ますます光を毛嫌いしつつ
夕霧十六歳、もはや四十路の冷たさで世間を眺める。
「帝から宮仕えのお誘いがきてますよ。いつでもいらして下さいって。
どうなさいますか」
今までどおり、淡々とした調子できいた。
「どうと言われましても、すぐには」
玉鬘はおおように、でも躊躇して答えた。
たしかに美しいな
冷泉さんにかかれば、間違いなく落ちるだろう。
夕霧が直感する。
「宮仕えに出たらいよいよですね、あなたも」
「いよいよって…?」
「親父が本気出すってことです」
「えっ」
「宮仕えはいい隠れ蓑だ。宮中に行ったことがありますか。どれだけ
複雑なところか」
「…」
玉鬘はさすがに驚いた。
帝の女性にも手を出すというの?
「そういうの、平気な人ですよ」
尚侍なら得意分野だし
親子での奪い合いも経験済みときてる。
夕霧は深く嘆息した。
できることなら、この人を逃がしてやりたい。
「誰かんちに嫁に行った方がいいと思います」
なるべく感情を殺して言った。
父親とも会え、一番ほっとしているこの時期が、一番危険だと感じる。
「誰かって、誰の…?」
「それはご自身でお決めになればいい」
夕霧はあっさり言って立とうとした。
その袖をつと、玉鬘がとらえる。
「あなたは、もらってくれませんの?」
意外なひと言に、夕霧は動きを止めた。
戯れかな?
袖を引かれたまま、一輪の蘭を取り出すと
「どうぞ」
袖の代わりに彼女の手に握らせた。
「これは?」
「柏木からです。あなたへの、最後の贈物だと」
玉鬘は、ほのかに香る蘭を眺めた。
きれいな花ね。控えめな…
それに見とれている間に、夕霧はそっと座を離れた。
頭の中将の気色は、御覧じ知りきや。*
あなたを姉と知って、ショックを受けてましたよ。
それでも、近く侍れるからいいやと思い直したようですが。
玉鬘は、身代りにつかまされた蘭の花に少し苦笑した。
かわいいひと
良心的ね、お父上と違って。
少しからかってやろうと思ったけど
私よりずっといい人みたいだった。
いいいとこ。
可愛い蘭は薄紫で、喪服にそっと映える。




