27-3 無邪気な無視
年が変わって、光三十七歳になった。
楽しかった去年も終り、玉鬘を引き取ってから一年少し
そろそろ知らせどきかな、と思う。
玉鬘の裳着をしようと思っていた。
これから女になりますよってしるし
でもそれより大宮の
夕霧のおばあちゃんの寿命が気になってきたのが大きい。
祖母が亡くなったのに知らんふりで喪に服さないのは
いけないだろうと思った。
こんな悪魔的な男にも、一応仏を敬う心はあるらしい。
いかに。いかに侍りけることにか*―
祖母大宮は目を丸くして驚いた。
「あんなに方々ふれまわって名乗りする娘を拾い集めていたのに。
その前に引き取られたんですか」
「ええまあ、そうなんです」
光は深くは言わず、微笑む。
大宮が親切に文を書いてくれて
彼女を仲介に、旧友相まみえることとなった。
何だろう、夕霧のことか?
光が強く言うなら、もう許してしまおうか
夕霧の冷たさを見るのも忍びないし。
俺が譲り、光になびくように見せれば、体裁も悪くないだろう。
だが、何も母と示し合わせて言うことはないだろうに
俺だって内大臣だ。光に何の負い目があろう。
母宮によばれて、内大臣の心は大人らしく、さまざまに揺れた。
だが、二人そろって待ってるというんだから仕方ない
美しく着飾ると、さすがに急いで母の邸へ向かう。
息子たちをたくさん連れていった。
ぞろぞろ飾りに引き連れて、恰幅よく歩けば
いかにも大臣って風格が漂う。
「派手だなあ」
光は相変わらずの負けず嫌いにくすりと笑った。
でも、それも懐かしいな。
大臣の正装と対照的にラフな格好で
「お久しぶりですね」
立派になった旧友と握手を交わす。
「お召しがないのに遠慮して、ごぶさたをしました。さぞご不興もおあ
りでしょう」
「やけにかしこまってますね」
光は、年上の従兄弟の様子に苦笑した。
「勘当されたのはこちらの方ですよ。つらいと思うこともたくさんある」
にやりと笑って内大臣を見る。
内大臣は夕霧のことかと思って身構えた。
当の光は、夕霧など全く気にしていなかったが。
「昔から協力してやってきたつもりですが、最近は思うようにいかない
こともありましたね。だが、その志が変ることはない。また親しくお付
き合いしませんか」
「昔は本当に、失礼なくらい親しくさせていただきましたが。政務に携
わるようになってからは、あなたとの違いを感じさせられるばかりで。
恐縮です」
内大臣はまだ固くて、かしこまっている。
「実は、あなたにゆかりのある人を引き取っていまして」
光はそっと、玉鬘のことをほのめかした。
何…?!
内大臣が驚く。
してやられた、と思った。
夕顔だけでなく、その娘までとられていたなんて。
雁に続いてこの子もなのか…
思わず、泣きそうになる。
「何泣いてるんですか。大丈夫ですよ、彼女は無事です。まあ今度、
宮仕えに来ないかって話が来てるんですけどね」
「えっ」
内大臣はさすがに顔色を変えた。
「よかったじゃないですか。お嬢さんが二人も帝に愛されて」
よかねえよ。競争者ってことじゃねえか。
内大臣はつらくなって、思わず下をむいた。
でも仕方ない
俺の娘とはいえ、見つけて保護してくれたのは光なんだ。
そう思うと、余計悔しかった。
「なぜ、見つけたときすぐ言わないんだ!」
若い頃なら、こう言って怒鳴っていただろう。
でも今はできない
大人になった俺たちは、あまりにも違いすぎている。
内大臣だってだいぶ上りつめた位だが
それでも彼は、終生光を超えることはできなかった。
俺の位は、すべて光のお下がりだ
そう、思う。
どんな加階もすべて光の恩恵にあずかっている。
小さい頃からそうだった
帝の愛子にまとわりついて、うまい汁を吸って
それを利用してきたところもあった。
でも今は、やはり寂しい。
男としても人としても、永遠に超えることのできない壁。
内大臣はわざと酔って笑った
喪着の日も時間より早く行って、夕顔の娘に対面した。
「なぜ連絡をくれなかったんだい?」
俺も探していたのに。
つらく、苦しく思う。
「俺が許さなかったんですよ」
光は笑っていた
それは勝利者の笑いか?
それとも、俺など眼中にないという無邪気な無視か。
内大臣にはわからない。
ただ、負けたのだということはわかった
この身にしみて、よく
「お前の隠しごとは昔からだからな」
ふっと笑って言うと
今までかすかに残っていた対抗心も失くした顔で
ただ、御もてなしになん、従ひ侍るべき*―
すなおに頭を下げた。




