1-1 ほんとうにごめんなさい
一.桐壺
「ほんとうにごめんなさい」
朱雀は深く頭をさげた。
「お母上のことはいまさら取り返しのつかないことで、償っても償いき
れるものではないと思うのですけど…本当に申し訳ありませんでした」
光は困ってしまった
春宮さまともあろうお方が、手をついて平伏しているし
「どうか、もう」
なんとかなだめて、顔をあげてもらう。
朱雀は悲しそうに、肩を落して座っていた。
「俺は、母のことであなたやあなたのお母上を恨んだことはないですよ」
光はやさしく言った。
それはある程度ほんとうで
宮中に一番古くからいた弘徽殿さんが、新参者の、位の低い更衣に
寵愛を奪われたんじゃ腹も立つだろうし
それに耐えられなかった体の弱い母も、仕方なかったんだと思う。
「あなたが気に病むことはないですよ」
ほほえんで言った。
朱雀はその目に涙をためると
「ありがとうございます」
ぺこりと頭をさげて、礼をのべた。
「にしても、いい色ですね」
光は初対面からそれが気になっていて、思わずきいた。
「深紅が、白い肌にとてもよく似合ってます」
「顔色が悪いもので…世話やきの女房が見立ててくれるんです」
「いいセンスですよ」
お世辞ではなかった
落ち着いた深みのある赤が、おっとりした微笑によく映えている。
「あなたは本当にお美しいですね」
朱雀はため息まじりにつぶやくと、恥ずかしそうに目を伏せた。
「光る君の美貌は皆からきいていたのですけど…実際お目にかかると
本当に、光をまとってるみたいに輝いて見えます」
朱雀が黒い瞳でじっと見るので、逆に光が照れくさくなった。
「すー兄、それは褒めすぎ。こいつおだてても何もでないよ」
そばで座っていた蛍がにやにや笑って言う。
蛍は緑が好きで、深いの浅いの、毎回よく似合う着こなしをしてくる。
「お世辞じゃないよ、ほんとに…さっきほほえんでくださったとき、
ありがたくて仏さまかと思った」
朱雀はあわてて弁解した。
「お、光、ついに殺されたね。早く成仏しなきゃ」
蛍があぐらをかいて笑うと
「俺まだ死にたくないんだけど。この前元服したばっかなんだけど」
光も笑って膝をくずした。
何を着ても似合う男だが、今日は黒でまとめている。
「しかし色白ですね」
光は、気になっていたもうひとつのことをきいた。
「ぜんぜん外に出してもらえなくて。庭にもほとんどでないんです」
「大事にされてるんだ」
「ちょっと過保護すぎる気もするんですけど」
朱雀に会った光の第一印象は、深窓の姫君という感じだった。
小柄で華奢で、あまり年上に見えない。
「女みたいって、よく言われるでしょう」
「言われますね」
朱雀はそれが悩みらしく、弱く微笑した。
だろうな
こんな鷹揚な美人、女ならほっとかねえわと少年ながらに思う。
「俺、出家しようかと思うんです」
そんなことを唐突に、しかものんびり言うので
光だけでなく蛍もびっくりした。
「な、何?!急に」
「今すぐですか?!」
「はい」
朱雀はにこにこしている。
出家の意味わかってんのかこの人と思いつつ、光は冷や汗をふいた。
「なんでまた、そんなことを」
「俺がいなくなれば、あなたが帝になれるでしょう?そのほうが父上も
喜ぶし、この国のためにもいい気がして」
言いながら、朱雀はすこし目を伏せた。
過去は取り戻せないけど、せめて彼が帝になって立派に輝く姿を
天国のお母様にお見せしたい。
それがせめてもの供養ではないかと、若い春宮は思うらしい。
「それはダメです」
黙ってきいていた光は、微笑みながらぴしゃりと言った。
「俺を臣に下らせるのは父が決めたことだし、たとえ春宮さまといえども
その決定を勝手にくつがえすのはよくありません。それに、そんなことし
たら弘徽殿さんに気の毒ですよ。かわいい息子を帝にしようとがんばっ
てきたこれまでの苦労が、すべて水の泡じゃないですか。それは可哀想
です」
俺の母の死も、無駄になりますしね。
光の話をじっときいていた朱雀は
はっと気がついて、すまなそうにうなだれた。
「すみません、俺、自分のことばかり考えて…軽率なことを言いました」
その認めて謝罪する潔さに、光は感心した。
「お母さんと似てないんですね」
思わず苦笑する。
「みたい、ですね」
朱雀もつられて笑った。
素直でやさしい人だ
いい友だちになれそうかなと光は思った。
「すー兄、そんなかしこまらなくてもいいよ。偉そうなこと言ってるけど、
要するに光は帝になりたくないだけなんだから。お人形さんみたいに
いい子ですましてなきゃならないし、外出の自由もないしね。光みたい
な浮気者には、到底ムリなんだよ」
蛍はにやにやしながら、光の本心を見すかした。
「なんだよ、お前だって人のこと言えないだろ」
「そうだよ。恋も遊びも自由で、金の心配もいらない親王が俺の天職
なんだから」
蛍がふふんと鼻をならす。
「調子いいやつ」
光はこづきながらくすくす笑った。朱雀もつられて笑う。
「俺も兄貴って呼んでいいですか」
光はほほえみながらきいた。
「蛍だけの兄貴にしとくのも、もったいないんで」
朱雀はすこしびっくりすると
「どうぞ、好きに呼んでください、朱雀でもなんでも」
はずかしそうに笑った。
兄なんて、そんな立派な人間じゃないけど。
友だちがふえるのはうれしいし、心強いとおもう。




