第9話 クア・レイ
数時間後、僕は家に帰ってきた。ランニングって言ってもちょくちょく走っていただけで、ほぼ散歩みたいなものだ。
「ただいまー」
ドアを開けると、すぐに大広間的な所で3人がそれぞれ反応を返してくれた。
「おお、遅かったのう。どこまで行っとたんじゃ」
「おかえりなさい」
ピンコさんはホウキの手入れをしながら、ラフルさんは机に座ってゆっくりとしていた。
「ちょっと散歩がてら、体力づくりを」
「まあ、素晴らしいですわ。精がでますわね」
僕の声を聞きつけてか、フラウムさんが厨房から出てきた。
厨房からってことは、料理してたの?
そんな僕の疑問を察してか答えてくれる。
「今日は、ワタクシが皆様にお食事を振舞おうと思いまして。今、仕込みをしていたところですわ。なので、申し訳ありませんが、まだ、提供できるまでは時間が掛かってしまいますわ」
「いや、全然気にしないで、むしろありがとう、稽古だけじゃなくて食事まで作ってくれるなんて」
僕は、お礼の言葉をかけると、「いえいえそんな」と謙遜し、「では、後ほど」と厨房に向かった。
まさか『フラウムさんも』料理ができるのか、最近のお嬢様はしっかりしてるな……最近のお嬢様しらないけど。
この世界にきてから世話をしてくれたラフルさんはともかくピンコさんも料理ができたのだ。住み始めて2日目ぐらいに厨房で何かを混ぜてる時は、正直ゾッとしたけど、出てきたのはまさかの『大根の煮物』だった。しかも、それが上手いんだ。煮物なんて煮込めばいいだけでしょ?というやつはホント死んだ方がいい。意外と煮物ってかなり難しいのだ。ああ、かーさんのおかあさん(おばあちゃんと呼ぶと怒らたのでそう呼んでる)の煮物好きだったなー。
正直、思い出の味に引けを取らないその味に「何かやばい薬でも入っているのでは?」とピンコさんを見ると怪訝な顔で口を開く。
「お主今、『何かやばい薬でも入ってるのでは?』と思ったじゃろう?」
「うん」
「否定せい!」
なんてツッコミをされながらも、その日は美味しく煮物をいただいた。
すると、厨房から良い匂いが流れてきた。それはスパイシーで独特な香りだったけど、何処か懐かしく。
この匂いってもしかして……。
「フウタさん、何か淹れましょうか?」
ボーっと突っ立ていた僕にラフルさんが声をかけてきてハッとなる。
「いえ、今は大丈夫です。汗かいちゃったので先にお風呂入ってきますね」
「わかりました」
僕は、ラフルさんにお礼を伝え、大広間を出ようとすると、背後から「お、背中でも流そうかのう」と声が聞こえてきたので、「間に合ってまーす」と適当に返し、服を取りに部屋に向かい、そのまま脱衣所に足を運んだ。
脱衣所の扉に立てかけてある僕の名前の書いてある札を扉に貼り付けドアを閉める。男女が住むのだ。間違えて入らないようにと僕が提案したもので入る時はこれを貼るというルールを決めた。覗きとか普通に犯罪だからね。
この屋敷の風呂はめちゃくちゃ広かった。大きな浴槽があり、謎のドラゴンみたいなのがお湯を出している。しかも、外には露天風呂まである。さすがお嬢様の別荘といった感じだ。初日でそれを見た温泉好きの僕は大興奮。長風呂を決めたものだ。そういえば、僕が死んだ次の日に友人達と温泉旅行に行く予定だったな。あいつら温泉楽しめたかなー?僕は異世界で楽しんでます。
身体を流し、頭を洗うとゆっくりと湯船に浸かる。
「ふいぃ~~~~~」
25歳男性の気持ち良さそうな声が風呂に広がる。残念だったな。この作品には女性の入浴シーンを期待しないことだな。かわりに僕が入ってやるよ。そして、もちろん、彼女達が偶然を装って入ってくることもない、間違えないようにするための札だからな!
その後、露天風呂も楽しみ、僕は大変満足で風呂を出た。
「満足満足♪満満足♪」
脱衣所のドアを開けると、札の入れる場所に水の入った瓶が置かれていた。恐らく、ラフルさんが置いてってくれたのだろう。
ありがてー。
僕はそれを手に取り、グイッと飲む。
くうーーーっ!やっぱり風呂上りの一杯は聞くねー。
その場で少しゆっくりした後、僕は大広間に戻ると3人が談笑をしていた。
「お、戻ってきたのう。相変わらず長風呂じゃのう」
「戻ってこられたのでお食事お出ししますわね」
わざわざ待っててくれたのか、フラウムさんは僕が戻ってくると席を立ちあがる。
「ごめんね。先に食べててもよかったよ」
「そうはいきませんわ。揃ってるならみんなで食べた方が絶対に美味しいですわ」
フラウムさんの言うことはよくわかったので、「そうだね」と一言返すと、彼女は厨房に向かった。手伝おうと僕も食堂に向かおうとしたが、ラフルさんが「フウタさんは座っていて大丈夫です」と横を抜けていったので、大人しく従うことにした。まあ、料理のできないやつが行っても邪魔なだけだし仕方ないか。
席に座ってピンコさんと談笑をしていると、すぐに食事が運ばれてきた。
「お待たせしましたわ」
フラウムさんが笑顔でいうと、僕の前に配膳される。
「………………!?」
僕は、提供された食事を見て目を見開いて驚く。
それは、白いお米のようなものの隣に茶色に輝き、数種類の野菜がその中で沁み込み、四角い肉が極上に存在を主張していた。そう、これはまるで……。
「カレーだ」
「『クア・レイ』ですわ」
「え?」
突然出されたカレーに僕がポツリと呟くと、フラウムさんが笑顔で答える。
「え?これどうみても『カレー』……」
「クア・レイですわ」
この世界では、カレーは『クア・レイ』と言うらしい。
「我が家に伝わる伝統的な食事ですわ。『クア』というのは、『治癒』という意味で、その白いお米を『月』、つまり、『レイ』に例え、傷ついた月を薬で『治療する』という意味を込められ。『クア・レイ』と名付けられておりますわ」
なんかめちゃくちゃちゃん芸術みたいな理由だ。しかも、なんかギリ『カレー』って、聞こえる塩梅の。
「あれ?伝統的ってことは……」
「どうなさいました?」
フラウムさんは首を傾げる。
「フラウムさん、フラウムさんの名前って確か」
「『フラウム・フツ・カレエ』ですわ」
『2日レー』だぁっ!
ええっ!?もしかして、だけど、フラウムさんの先祖って、カレー職人だったりしない?
「……あの、もしかして、お嫌いでしたか?」
驚きすぎて頭の中で叫びまくっていると、フラウムが不安そうな顔で見ていたので、僕は慌てて訂正する。
「いや、そんなことないよ!むしろ、僕の大好物にそっくりでびっくりしたんだよ」
「え?」
僕の言葉にフラウムは目を丸くする。
「大好物?」
「うん、ホントにそっくりすぎてびっくりしてたんだよ」
「そ、そうなんですのね。お口に合いますかしら?」
そして、みんなでカレーを囲み手を合わせる。
「いただきます」
スプーンを手に取り、クア・レイもといカレーを掬い口に運ぶ。
食欲を刺激するスパイシーな香りが口全体に広がり、野菜の甘さとルーの辛さが上手くベストマッチして、とてもいいコクを出している。
そう、本当にそれは正しく。
「カレーだ」
「クア・レイですわ」
そんな何度目かの彼女のツッコミも耳に入らないぐらい、僕はそれに感動していた。まさか異世界でカレーが食べれるなんて本当に『幸運』だ。
「どうですか?」
「うん、すっごくおいしい!」
心配そうに聞くフラウムさんに心の底からの感想を伝えると、ぱあっとした表情をしてとても嬉しそうにする。
「ありがとうございます!毎日作らせていただきますわ!」
「さすがに毎日は飽きちゃうかな」
でも、毎週は食べたいかもしれないな。と僕は思った。




