第18話 物足りない晩酌
夜も深くなった時間帯。大広間にカランと氷がガラスのコップを鳴らす音が響いた。
僕は、ガラスに出来た水滴が机に広がるのを静かに眺め、人差し指で軽くコップを弾くとカーンと耳に響く高音が鳴る。
そんな僕の背後に足音が近づいてくるのを感じた。
「お酒とは珍しいですね」
「……はい」
背後のラフルさんに顔を向けず、声だけを返すと僕の横を抜け机に座る。
そんな彼女を横目で確認しながら、お酒を一口飲む。
……にっが。
やっぱり、お酒は得意じゃない、アルコールの臭さ、それに苦さ、飲み過ぎると意識が飛びそうになる感覚。甘い飲み物を割って飲んではいるが、それを消せない。その感覚がいいと言う人がよくいるが、僕は正直分からない。前世でも甘い系のお酒は軽く飲んでいたが、記憶が飛ぶまでは飲んだことないし、下手したら酔ったことすらないかもしれない。コーヒーの苦さは好きなのに可笑しな話だ。
「私も一杯お付き合いしてもいいですか?」
「はい、もちろん」
ラフルさんは自分のコップを用意すると、そこに氷を入れてリンゴジュースとお酒で割る。マドラーで混ぜるとカランカランと心地よい音が鳴った。
「では」
「はい」
コップを構えたので、僕は自分のコップを当て乾杯する。礼儀として相手より下にコップを当てて鳴らす。とーさんが目上の人にはこれが礼儀だと学生時代に教えてくれた。それを聞いた僕は目上目下関係なく相手のコップの下で乾杯するようにしている。なので、それを知らない友人間では、僕が一番の下っ端になっている。
ラフルさんは一口飲むと、無言でなにも言わない。多分、僕の愚痴を待っているのだろう。
「どうすればよかったですかね」
僕は彼女に甘えて愚痴を零す。
あの後、僕はフラウムさんになにも言えず、彼女は実家に帰ってしまった。
朝起きた時にはもう彼女の姿はなく手紙だけ添えられていた。楽しかった数か月、3人への感謝の言葉、そのままここに住んでいい、クア・レイのレシピ、そして、彼女が最後にクア・レイを作ってくれていた。
あれから一週間ちょっとが過ぎたが、僕のモヤモヤは晴れない。ピンコさんが代わりにクア・レイを作ってくれたが…………なにか違う。正直、作ってくれた人に料理をできないやつがそんなことを言うのは、本当にクソだと思う。死んだ方がいいと思う。だけど……思ってしまった。
そんな僕の気持ちを気付いてか、ピンコさんは「物足りぬのう」と自分で言っていたが、そんなことを言わせるなんて最低だ。
クソッ……。
「優し過ぎるのも考え物ですね」
「!」
自問自答する僕にラフルさんは答える。
「前世からですが、フウタさんは優し過ぎます。相手のことを考えすぎて、相手を尊重し過ぎて、自分の気持ちに嘘を付く」
ラフルさんはコップを回すように軽く振り、中を眺める。
「別に僕は優しくなんかありませんよ……ただ、『臆病』で『弱い』だけなんですよ」
僕はコップを握り、中の飲み物が震える。
「少し強い言葉を言えば、言葉が強くない?思ったことを言ったら、そんなこと思ってたのひどくない?本当にそんなこと思ってないのに、きっと心の中ではこんなこと思ってるんだよって言われる。その言葉達が『怖くて』『なにもできない』だけなんですよ」
自分の臆病さにとてもムカついてくる。
「まるで偽善者ですね」
「……はは、よく言われました」
はっきりと言うなと思ったが、その通りなので、言い返せない。
「別にいいんじゃないですか?」
「え?」
「優しいフリなら誰でもできます。それがフリじゃないのは、誰にでもできるものじゃないです。それを偽善者と言うなら、全員偽善者ですよ」
「優しいだけじゃ世界は救えないですよ?」
僕は、苦笑いでいうとラフルさんはこちらを見る。
「身内にだけ優しい、やんちゃしてるけど本当は優しい、たまに見せる優しさがいい、フウタさんはどう思いますか?」
「………………」
いじわるだなーと思いながらも、僕は、クスリと笑いその問いに答える。
「大っ嫌い」
「しってます」
僕の返しにラフルさんは目を閉じ笑う。
「そんな偽善者のお主に質問じゃ」
「!?」
振り返るとピンコさんが飲み物の入ったコップを振りながら、イタズラっぽく笑っていた。
「『わたしゃのクア・レイ』と『フラウムさんのクア・レイ』、どっちが食べたいかのう?」
とてもいじわるな質問だが、僕はふっと笑うと答える。
「フラウムさんのかな」
「奇遇じゃのう。わたしゃもじゃ」
「そうですね。奇遇です。私もです」
互いに顔を見合わすとクスリと笑い。3人のコップを軽く当てる。
「ありがとう……ラフルさん……おばあちゃん」
「誰がおばあちゃんじゃ」
僕たちは『いつもの食卓』を取り戻すと誓った。




