第14話 フウタの大好きなもの
厨房内、食器や調理器具を散らかし、僕は唸っていた。
「んーーーやっぱり違うなー」
スプーンを振りながら、お皿に乗っているものを眺める。
「なにをやっとるんじゃ?」
そんな僕にピンコさんが厨房の入り口から声をかけてきた。
「あ、いや、なかなかうまくいかなくてね」
「なにか作っとるんか?」
厨房に入ってきて近づいてくると、僕の目の前のものに気付く。
「なんじゃ?この黒くて不気味なものは?」
「コーヒーゼリー……のつもりだったんだけど……うまくいかなくて」
「コーヒー……ゼリー?」
聞き馴染みがないのか首を傾げる。
「僕の一番好きな食べ物なんだけど、なんかうまくいかなくて」
「ほう、お主の一番の好物とな…………どれ」
それを聞くと、ピンコさんは僕の手からスプーンを引っ手繰り、僕の作ったコーヒーゼリー(失敗作)を一口食べると眉を顰める。
「……うーん、苦いのう……それに固い……おいしくないのう……」
「そう、そうなんだよ」
ピンコさんの言う通り、固いし、美味しくない。この前、街でゼラチンみたいなものを見つけて、これで大好きなコーヒーゼリーが作れると、意気揚々と買って使ってみたはいいものの、思ったより固くなってしまった。前世でも、何回か自分で作ったことがあるから自信はあったんだけどな……。
「まあ、仕方ないか……一旦、諦めるか」
「………………」
また代わりのものを探そうと、今回は切り上げる為に器具の片づけ作業に入る。もちろん、作ったのは、頑張って美味しくいただくつもりだ。
「それの作り方、教えてくれぬか?」
「え?」
これからどうしようかと考えていると、ピンコさんが突然聞いてきたので、僕は、きょとんとしてしまう。
「作り方、または絵でもいいのじゃ」
「え?うん」
もしかして作ってくれるのか?と僕は少し期待する。
作り方を文字で書き、完成した絵を添えて、ピンコさんに渡すと、またしても、眉を顰める。
「これ、作るのかなり手間がかかるのう。まあ、他のデザートに比べれば簡単だと思うが、イマイチ完成形のイメージがわかんのじゃ」
まあ、そりゃそうか。コーヒーゼリーって日本人しか知らないって聞いたことあるし、世界では有名じゃないっていうもんな。
「すまんのう。作ってやろうと思ったが、今のわたしゃには無理じゃ」
「いや、いいよ。ありがとう」
「なんで感謝するんじゃ?なにもやっとらんじゃろう」
僕がお礼を言った意味が分からなかったのか聞いてきたので答える。
「作ってくれようとしたのが、嬉しくて」
「そ、そうかい」
ピンコさんは少し照れくさそうに顔を反らすと、背を向け厨房を出て行った。
厨房の片づけを終えて、しばらく、部屋で本を読んで時間を潰した。
夕食の時間になり、大広間に行くと、ラフルさんとフラウムさんは席についていたが、ピンコさんの姿がなかった。
「あれ?ピンコさんは?」
僕の疑問にラフルさんはすぐに答えてくれた。
「急用で実家に用ができたようで、数日、帰省するとのことです。その間、本は部屋のものでも、広間のものでも好きなの持っていっていいそうです。」
「あ、そうなんだ」
声をかけてくれれば見送りしたのに。さすがに女性の部屋に入る訳にはいかないので、リビングに置いてある本を借りよう。
まあ、相当急ぎの用事だったのだろうと僕は納得して、席に付き手を合わせる。
「いただきます」
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あれから一週間程経ったが、ピンコさんはまだ帰ってきていなかった。
さすがに心配になったが、よくよく考えたらここは別にピンコさんの家ではなかったので、恐らく、実家の方がゆっくりできるのだろうと、もう少し気長に待つことにした。
なんて考えていると、玄関のドアが開く音がして、顔を向けると、ピンコさんが帰ってきた。
「あ、ピンコさん、おかえり」
「おう、戻ったのじゃ」
僕たちの会話が聞こえてきたのか、厨房からフラウムさんが出てきた。
「ピンコさん、おかえりなさいですわ。随分と長い帰省でしたわね」
「そうですね」
2人も長い帰省に疑問を持っていたようで、それより、当然のようにピンコさんを家族のように受け入れていたので、彼女の家じゃないからなんて思ってしまった僕はかなり恥ずかしくなった。当然だ、数か月一緒に住んでれば、家族も同然だ。そんなことに気付かないなんて………。
そんな僕にピンコさんは手に持っていた袋を渡してくる。
「すまん。かなり手こずってしまったのじゃ」
「え?」
突然、渡されたものに目を丸くすると、開けるように言われたので、袋の中のモノを出すと。僕は目を見開く。
「こ、これって」
驚いて反射的にピンコさんを見ると、顔を反らしながら答える。
「恐らく、お主の好きなものの完全再現はできんかった……じゃが、少しは再現できとるはずじゃ」
「……!」
袋から出したそれは、黒くて半円のカタチをしたコーヒーゼリーだった。
「その、食べてみてくれんか?もちろん、2人の分もあるのじゃ」
「まあ、ありがとうございます。是非、頂きましょう!準備しますわ!」
「紅茶を淹れます」
コーヒーゼリーを机に並べる、僕はそれを見てヨダレが出そうなのをなんとか我慢し、飲み物を横に置きみんなで手を合わせる。
「いただきます」
「……どうぞじゃ」
僕は、大好物を目にして目を輝かせながら、スプーンに一口掬い、しばらく眺める。ピンコさんは緊張した面持ちでそれを見守る。
そして、それを口に運ぶ。
「…………っ!?」
口に広がるほのかな苦みに程よい甘味が広がる。コーヒーの味が主張し過ぎず、それでも存在感が無いわけではないけど、コーヒー本来の苦味が強調されて、少し大人向けの味わいが広がった。
「おいしい………おいしいよ!」
「ホントかのう……!」
「うん!」
僕の言葉に心配そうに聞いてくるが、その言葉が嘘ではないと確信しているようで、ぱあっと明るい表情を浮かべる。
「本当ですわ。独特な味ですが、その見た目通りの苦さに加えて、甘さがあるギャップ、とても美味しいですわ」
僕なんかよりちゃんと食レポをするフラウムさんも頬に手を当て、美味しそうにスプーンを進める。
「美味しいです」
ラフルさんはシンプルな感想だったが、笑みを浮かべる。
それを見てピンコさんは鼻下を擦ると「……へへ」と子供のように笑う。
「でも、これどうしたの?」
「ああ、それはのう」
ピンコさんに問いかけると、帰省した理由を答えてくれた。
実家の書庫になら、もしかしたら、コーヒーゼリーの手掛かりがあるかもしれないと思って、おばあちゃんに頼んで見せてもらったらしい。しかし、さすがに全く同じものは存在してなく、おばあちゃんに相談したところ、分からないなら、僕から聞いたレシピ通り作ってみればいいと、当然のことを言われたらしい、それこそ失敗すれば、自分で作りやすいようにすればいいと、はじめは上手くいかなかったらしいが、何度か調整していき、ついにこれが完成したらしい。
それで作ってくれるなんて本当にありがたい。
「本当にありがとう」
僕は心からの感謝を伝える。でも、それだけじゃ、絶対足りないと思った。だから……。
「なにかお礼をさせてくれないかな」
「…………!」
僕の提案にピンコさんは首を横に振った。
「いや、いいのじゃ。むしろ、これはわたしゃからのお礼じゃ」
「え?」
「この前、お主はわたしゃの命を救ってくれた。それに新しい大切なモノをくれた。そのお礼じゃ。これでも足りないぐらいじゃ」
ピンコさんはホウキを見て嬉しくそうに笑い「それに」と言葉を続ける。
「わたしゃはこの日常を送れるだけ楽しいのじゃ」
こちらに屈託のない笑顔を向け、僕も嬉しくなった笑みを返した。
ラフルさんもなにも言わなかったが、静かに笑っていた。
フラウムさんはとても楽しそうに笑っていた。しかし、一瞬、暗い顔をしたように見えた。だけど、すぐに笑顔になり、楽しそうに会話を弾ませた。
「……?」
こちらの視線に気付いたのか、何事もなかったように笑顔を返してきた。
気のせいかな?
その時の僕は、それが気のせいじゃないことに気付かなかった。




