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孤独になろうとする君へ

私は昨日までとは違い、朝早く起きなくて良くなった。

だから、目覚ましのアラームもかけずに自然と目が覚める時間に起きた。

差し込む朝日…(いや…もう昼だから、朝日ではないか…)…の眩しさに思わず目をぎゅっとつむり、うつ伏せのような状態で枕に顔を埋めながら、ベッドサイドテーブルに手を伸ばした。

伸ばした手が掴んだのは表面を下にし、うつ伏せ状態に寝かせておいたスマホ。それを手のひらの上でひっくり返し、強めに叩き、画面を見ると、昼の11時27分。

いつもなら3時間目が終わる頃だ。


今日は3月2日。

私は昨日中高併せて6年間の青春を過ごした母校を卒業した。その、次の、日。


昨日は愛知学園高等学校の卒業式だった。

何になりたいわけでもない。明るい未来が見えていない。

不定形で莫大な将来に対する不安や恐怖の重圧がのしかかって俯く私が顔を上げると、その先はいつだって真っ暗闇で。そこにいる将来の私はいつも独りで。

そんな先を見据えられているのかも分からない曖昧な私の視線の先に昨日、光を見た。

びっくりした。

健君がいた。


卒業式に出席するのは高校2年生と3年生だけのはずなのに。ましてや、中学は今日はお休みのはずなのに。


息を切らした健君が私の目の前に来て言った言葉___


___先輩、もし、僕のことを信じてくれるのであれば、明日の12時に名古屋駅の金時計に来てください


「………はぁ…」



3月2日午前3時37分。


「こんなことくらいなんでもない」

私はそっと呟いた。

今日はずっと起きていたい。

寝たくない。

健君と話していたい。

健君と電話したい。

でも、LINEも電話番号も何も知らないし、教えなかった。

これが寂しさ。

私は独りに慣れていたはずなのに。

健君におかしくさせられてしまった。


午前3時38分。

…正直言うと寝るのが怖い。

今、この莫大な感情を抱えたまま寝ると、その感情が起来た時には小さくなって消えて見えなくなったりしてはいまいか、なんてことはがり考えて、そんな寂しさを打ち消して忘れるために寝るのもアリかもしれないが、私はそれが怖い。


考えなくちゃいけない。向き合わなくてはならない。

でも、目を逸らして逃げてしまいたい。


何かをしなくてはいけない。

何かをしたいとかじゃないんだ。

何をしなくてはいけないかが分からない。

何をしていいか分からない。

何もしたくないに近い。

でも何もしたくはなくはない。

と面倒な自分の心の内と向き合いつつ、だから今、こうして、ただ何もせず漠然と呆然として起きている。

眠れない。


私は、卒業式を終えて、家に帰ってから一度も卒アルを開いていない。それは何度か『探し回った結果、何も得られなかった』からもう飽きたからだというのもあるかもしれないが、卒アルを見て過去を振り返ることで過去と今を分離させたくないという気持ちが主な理由だと思う。自分でもそこはちぐはぐだ。


卒アルを学校からもらって、一番最初に確認したのは園芸委員会の写真。


高校園芸委員会の一員としての私が写真で収められていた。我ながらどうしようもなく浮かない顔でにこりとも笑わず無表情でただ突っ立っているだけの私がそこにはいた。


でも、そこに、中学生の健君はいない。


だから、卒アルを開く度に「もう、忘れろ」と言われているようで。


もう、私は何もかも忘れて大人にならなくてはいけない。


それが、嫌だった。


「なんでもない…なんでもないよ。大したことない。こんなこと」


『なんでもない、大したことない』がすっかり、口癖になってしまった。

卒業なんてなんでもない、大したことない、ただの人生の通過点。

健君も私の人生の1人の登場人物。

そんなことをいつのまにか繰り返し呟いてしまっていて。


多分、私はまだ学校での日常がつづいて、『どこかで私と健君は繋がってる…こんなところで終わるはずがない…』なんてどこか能天気なことを信じてしまっている。

健君との日々がそれくらい当たり前になっていて楽しくて…。


昨日と今日ではまるで世界が違った。


私は健君がくれた言葉を前にどうすれば良いのか分からなくなってしまった。

だから、何も言えなかった。

その場に立ち尽くしてしまった。


___それじゃ


と、健君も返事を待たずに走り去ってしまった。

喉まで出かかった、健君を引き留めようとする声は直前で行き場を失って出なかった。


私は、流れに身を任せることにした。

今日の朝、早く起きれたら、健君の元に飛んで行くというもの…。


今から…?眠って朝早くに…?アラームもつけずに…?何時に起きるっての…?


自分のやろうとしていることの馬鹿らしさに嘲笑しながら、もう布団をかぶって私は眠った。


今が何時何分なのかはもう分からなかった。



そうして、今に至る。


実は、一度8時くらいに目を覚ましたのだ。だけど、二度寝をした。


私が仮に二度寝せず、早起きできたとして、ちゃんと集合場所に時間通りに行ったかと言えば、行かなかっただろう。


私はそんなたらればな思考を巡らせながら、スマホの画面に映るSNSの暗い世間のニュース記事を開いては閉じることを繰り返していた。

ニュースを読んでも、脳はそれを情報として処理できていないし、そもそも目がそれを意味を持った言葉として捉えていない。


「ご飯食べよ…」


そんなこんなで12時30分。


ベッドの中で1時間もうだうだだらだらしてしまった。


寒いのが悪いのだ。


もう、春だっていうのに、まだ寒さが残るこの日本が悪いのだ。


お布団の中があったかくて、出たくなくなる。


そんな言い訳しかできない私は。



13時34分。

健君は今頃何をしているだろうか。

私が来なくて、落胆しているだろうか。

家に帰って、泣いてくれていたら、嬉しいな。

なんて思ってしまう私は悪い女だ。

そんなの分かっていたことだろう。

健君のことを好きになってしまった時から。

悪いことをした。

と、本当に思っている。


私、健君と会いたいよ。でもね、行っちゃダメなんだよ。


22時45分


「…もうこんな時間…」


卒業して、気づけば1日が終わり、2日目に突入しようとしている。


そろそろお風呂に入ろうか…と思ったが、ふと、過ぎった。


最後の場所。


私と健君の最後の繋がりであり、すれ違ってしまった場所。


聖地巡礼だとか思い出巡りとかその程度の認識で行ってみたくなった。


「…金時計…行こ…」



23時15分の金時計には人の1人や2人はいても良いはずなのに、人っ子1人いなかった。


「…」


誰もいない名古屋駅で私はぽつんと1人。


「何してんだろ…私…」


と我に返った瞬間寒さで身震いした。

「寒…帰ろ…」

今日は一段と冷え込む。

今年トップを狙えるレベルで凍えそうな寒さだ。

地球が風邪でも引いたのではなかろうか。

早く帰りたい。

もう気は済んだ。

なんでもない。大したことない。こんなこと。

金時計をじっと見つめた。

その後、私は踵を返して、金時計に背を向けた。


最後に少しだけ本音が漏れた、だけなのだ。

ただ、魔が差して、想いが溢れてしまっただけなのだ。


「…じゃあね…健君…会いたかったな…」


「じゃあ、何で背を向けるんですか…!?」


「…!?」

私は思わず振り返った。


「そっちに行っても地下鉄くらいしかありませんよ」


呆れて物が言えなかった。


「僕はここにいます」


だって、私は君とは。


「ここにいますよ、先輩」


絶対会ってはいけなかったから。



「なんで…今…23時超えて…え?…11時間…?ずっと…?え…?どうして…?」


「良いんです。これから6年待ってもらいますから」


「…ぁ」


「来てくれたっていうことはそういうことです」

ニコッと健君は微笑んだ。

「僕の勝ちですね」

健君は成長した。


「ただ、さっきまではカイロ買いに行っていたんです。コンビニで。だから金時計にいなかった」


「終電までは金時計にいようと思って…今日は冷えますからね。先輩も一ついりますか?温かいですよ」


かじかんで赤くなった差し出された健君の右手をカイロごと私は両手で覆った。


「………ごめんね…」


私は俯いて捻り出してやっと出た言葉がそれだった。いつからか溢れ出した涙が止まらない。


「あ…いえ…そんなつもりじゃ…ごめんなさい…」


私はもう何も言えなかった。


「…先輩は僕のこと嫌いですか?」


「…好き…!大好き…!」


「…僕も谷田先輩、あなたのことが好きです。…僕は、先輩にとっては子供かもしれない。でも、僕は男なんだ。あなたのことを愛している男なんだ」


私は…無意識下で健君のことをどこか馬鹿にして軽く見てた…テキトーに誤魔化せばいいやと舐めていたんだ…。


でも、健君は私が思うよりも、なんなら私よりもずっと大人で立派で成長していて。


「僕は迎えに行きます。どこに行ったって絶対に会いに行きます。だから、先輩の6年を僕にくれませんか」


「僕、浮気なんてしません。先輩のこと好きでい続けます。先輩は僕のことが嫌いになったとしても、僕は先輩のことが好きです」


「6年なんてあっという間です。なんて待たせる本人が言うのも変なんですけれど…6歳なんて一瞬です。100分の6ですよ。人生の10分の1にも満たない」


「ただ、6年なんて言わずに先輩のその一生をどうかこの僕に!あげてやってはくれませんか…!?」


「結婚しましょう」


「…ぇえ…!?」

驚きすぎて変な声が出てしまった。


「…とは言っても…同棲とかの話になったら、6年どころか、もっともっと、待たせることになるかもしれないですけれど…たはは…でも、だからこそ、僕はもっと欲張ります」


「…私で良いの?」


「先輩がいいです」


「…じゃあ、離さないでいてね。私のことを。ずっと、ずっとちゃんと見ていて。どこにも行かないように」


「もちろん」


健君は覚悟の決まった男の人の目をしていた。

こんなに逞しく、かっこよく成長したんだ健君は。

初めて会った時はしどろもどろで会話もどこかぎこちなかった。

健君はかっこいいなぁ…それに比べて私は…。


「ところで、健君ずっとビニール袋を片手にぶら下げてるけれど、それ何が入ってるの…?」


「あ…いや…これは…なんでもないです…」


「嘘だぁ…なーんか美味しそうな匂いがするぞぉ〜」


「美味しそうな匂いって…密閉された缶ですよ…」


「いやいや、なんだか甘い匂いがするよぅ…?」


「嗅覚えぐ…なんで分かって…」


「えいやっ!」

私は隙を見てそのビニール袋をぶんどった。


「あ、ダメです!その中にはッ!」


ビニール袋の中を見ると、おしるこの缶が2缶入っていた。


健君は俯いて、言葉を紡ぐように言った。


「冷えちゃいましたが…良かったら…」


と私に差し出してきたそのかじかんで赤くなった手。さっき握った小さくて偉大な手。

よくよく見ると、乾燥で赤切れて、ひび割れ始めているところが何箇所かあった。


私は思わず潰れるくらいに抱きついた。

「ごめん!ごめんねえぇ…健君、ごめんッ…!!ごめん…早く眠ってしまえば良かったッ…!飛び起きればよかったッ…!走ればよかったッ…!飛んで行けばよかったッ…!私が、健君にだけ会いに来さえすればッ…!」


私が今ここにいるのは、健君のためじゃない。健君がいないことを確認して、自分に諦める理由を作りたかっただけ。そうして私も卑怯な大人へと成長していく。卒業するとはそういうこと。


今日だって、私も健君の質問や提案に何も適切な返事を答えられていない。こうして、私は私が嫌いな周りの同級生や教師と同じ狡くて、ずるい大人になっていく。


「…私…私…私ね…私ね…もう死のうと思ってたの。卒業したら死のうって。ずっと。思ってたの。依存しているの私も。健君に。これから先を生きると私はきっと大学に通って、生活圏とか生きる世界が広がって、色んなことを知って、色んなことを経験して…そうして私は君のことなんかすっかり忘れて誰かと幸せに暮らして、生きていくって…。でも…健君がいなくなった世界なんて広がったって楽しくないよぉ…怖い…離れたくないよぉ…ず…ずっと…私と一緒に生きてよぉう…」


高校生活は楽しかった。厳密にいうと、最後の1年間、高校三年生の時だけすごく楽しかった。それは健君のおかげだってことを忘れていたのかもしれない。

だからこそ世間一般で言われるような「もう1回高校生活のあの青春をやり直したい」なんて思えなくて、もう一回やり直したとして、どこか少しでも変えてしまったら、これほど楽しくなかっただろうと思ってしまって、もうこの上なんてないなんて思ってしまって…参ったなぁ…私…思ってたよりもずっと健君との日々を楽しんでたんだなぁ…。


健君は何も言わずに泣きじゃくって、いきなり抱きついてきた私をそっと受け入れてくれた。


宥めるように頭を優しく撫でてくれた。


私は散々わんわん泣いた。



谷田先輩は僕から受け取ったおしるこの缶を開けて、一口飲んだ。


「美味しい…」

と言ってくれた。


「嘘です。冷えたおしるこなんて美味しいわけがないです」


「随分と思想が強いね…」


「あ、てか!そんなものよりも…」

僕はカバンから水筒を取り出した。


「コンソメスープも作ってきたんです。こっちは保温能力がある水筒に淹れてきたので、ある程度はまだ温かいはずです!」


「いただいても良い…?」


「もちろんです!そのためのスープです!」

僕は蓋を兼ねるコップを取り外して、そこにスープを注いだ。


注ぎ終わったコップを谷田先輩に渡し、コップに口をつけたところで、ハッと気がついて、僕は叫んだ。

「あ、でもッ!このスープ美味しくないかもです!時間が経ってるので腐ってるかもです!やっぱりやめた方がいいです!」

何を自信満々に注いで渡しているんだ。僕の馬鹿ッ!味の保証なんてできないのに。


と。


「んぐっ…!?」

谷田先輩にスープがまだ入っているコップを口に押し当てられ、塞がれた。


「…どうしてそんなこと言うの…?美味しい…美味しいよ…とっても…」


「…ぁ…はい…」


その時の谷田先輩の顔は怖かった。

怒りと何かもう一つ別の感情が混ざっているはずだが、それが何かわからない。理解できない悍ましいモノが明確に混ざっていた。得体の知れないバケモノみたいな感情がそこには存在していた。


「…終電だね」

午前0時02分。


「はい」


「逃そうか」


「ですね…」


と、その瞬間、視界が揺らぎ、


「健君ッ…!」


僕は卒倒した。



どうやら僕は風邪を引いたらしい。

鼻と耳が詰まり、喉はイガイガ。熱も38度8分ある。

寒い場所にずっと居続けたのが災いしたか。

僕は倒れてからこうして今目を覚ますまでの記憶はほとんどない。どうやって家に帰れたのか、どうして今こうして、ベッドの上で横になれているのか、とかは全く分からない。


ただ、微かに深夜に誰かに家で看病された記憶がある。


あれは命からがら帰ってきた息子を心配して起きてきた親だったのかもしれない。

「帰るの遅くなるから、先に寝てろ」ってLIMEしたのにな…。

それとも…。

僕はまだ親に答えを聞いていない。それはカンニングだ。

答え合わせは6年後だ。

僕は先輩を待ち続ける。


それから、1ヶ月後。4月。


先輩は女優になっていた。

SNSやTV等のメディアでタレントとしても露出するようになってきた。

大学に通いながら、仕事をしているようだ。

相変わらず、谷田先輩への連絡手段はないから、『いつから応募していたのか』とか『仕事は順調か』とか詳しいことを知る術はない。


こうして、一一般人として、遠くから谷田先輩のことを眺めることしかできない。

1ヶ月前までは誰よりもその距離は近かったのに。


仕事を支えに、谷田先輩は自分を変えたんだ。

考え方も変わっているかもしれない。

価値観も変わって僕のことを待てなくなるかもしれない。

僕だけだ。何も変わってないのは。変われない。僕だけここに取り残されて、ずっと独り。

お読みいただきありがとうございます…✨

すれ違う心が繋がった二人です…✨

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