2:魚加護
「ってか、ダンジョンボスがマップくれるって、おかしいんじゃ?」
共有されたマップを見ながら、タケルが言葉をこぼす。
「でもさ、ダンジョンで地図が宝箱から出てくるとかって、ゲームの話じゃん? ダンジョンボスこそダンジョンの持ち主なんだから、地図持ってるのあり得るよね」
家の所有者が家の間取り図を持っているような感覚で、アリカは受け入れていた。
「ダンジョンのマッピングは手作業でしていたが、そういうことかもしれないのか……」
レイジは真面目に考えるも、これギルドへ共有するわけにもいかない、どうしたものか……と頭を悩ませた挙句、知らんふりという結論に至る。
「ところで、メッセージって初めてもらったんだけど、ハンター同士ってできたりするんです?」
「いや、俺も初めてだった……」
アリカとレイジの初メッセージはダンジョンボスからだった。
読めなかったけれど、マップをくれたであろうことは、添付ファイルと魚ヤ顔で理解した。
「メッセージに『ギョから』って出ていたんですよ……。もしかして、私が魚って呼んでるからなんでしょうか……」
「ダンジョンボスの名付け親になってしまったな」
アリカのダンジョンは、色々イレギュラーだろう。
魔物が襲ってこない、ダンジョンの資源を採らせてくれる。
ダンジョンボスにとっては、自身の城を荒らされるような行為だ。
レイジが所属するギルド『3丁目』で、資源採取用にボスを討伐しないで残してあるダンジョンだと、たまに魔物が襲ってくる。
ここまで平和なダンジョンは今まで無かったので、不思議な気分になりつつも、ダンジョンの探索が大好きなレイジにとって、ここはとても魅力的なダンジョンだ。
「タケル、念のため武器と、閃光玉をくれ」
「はーい」
レイジは小手のような武器を身につけ、魔物がでたら対処するための道具が入った腰袋を受け取る。
「うーん、魚語がわからん」
アリカは眉間にシワを寄せながら、マップに書かれてある文字を眺める。
「表示を文字じゃなくアイコンにすれば、なんとなくわかるよ。右上の≡タップして上から2番目選ぶと、マップにアイコン表示された」
タケルはテキトーに触ってみたようだ。
≡をタップして出てくる文字は魚語なので、読めはしないが文字をタップすると、表示が変わる。
「魚のやつ、何気にメニューとかスマホ風にしたり、現代対応してるんだね……」
「共有アイコンといい、3本線のメニューといい、本当にスマホアプリみたいだな……」
アリカとレイジは呆れと感心が入り混じりつつ、メニューにアイコンを出してみると、草のアイコンや野菜のアイコン、果物のアイコンが表示された。
「なにこれ、採取マップじゃん! しかも、ピンチアウトで拡大とか! 地図アプリそのもの!」
アリカは地図に釘づけになる。
とはいえ、他の人には何もないところで、親指と人差し指をくっつけたり離したりしている動作にしか見えないものである。
「あ、なにこれ、きのこがキラキラしてるんだけど!!」
アリカは森にあるきのこアイコンを見て、声を上げる。
今日はキノコ狩り。目当てのアイコンを地図で追っていたら、不思議なアイコンが見える。
「え、おれのにはそんなの見えないけど。森にあるキノコのアイコン」
「俺もだ」
タケルとレイジは、自分が見ている地図にはキラキラしたアイコンはないと首を傾げる。
「えー、マジで?? 表示違うのかな……。みんなに見えるようにできたりしないかな……『パブリック』」
スキルコールの後に、パブリックと付け足すと、周りの人にも見えるようになる。
ちなみに、タケルの持つ収納スキルは、初めっからパブリック状態だったりする。
アリカはみんなに見えることを期待して、地図にパブリックと言いながら画面を手のひらでポンと叩いてみる。
「「見えた」」
そして、3人ともパブリック化した地図を見てみると、アリカと共有したはずのタケルが見える地図には、映っているものがだいぶ違う。
「アリカの詳しすぎじゃない?」
「だな。しかし、読めない……」
「多分、このキノコは魚のおすすめでしょうね、アイコンの枠のすみっこに魚マークがついている」
話をしながら歩いていると、森に到着。
「この森が魚ススメの森ですね、めっちゃアイコンで主張しています」
魚のおすすめ、略して魚ススメになっているが、誰もツッコミをしない。
森に足を踏み入れると、全体マップから詳細マップに切り替わった。
「何それ、めっちゃアリカのだけ便利」
タケルとレイジの地図は世界地図のような感じで、ざっくり大まかに記されている程度だが、アリカのだけは切り替わるし読めないけれど細かいことが書いてあるし、贔屓モリモリのような状態だ。
「おかしい、レイジさんだって魚に親友認定されているのに……」
「ブフッ」
アリカの呟きにレイジが吹き出してしまった。
サカナで魔物に親友認定されたという、アリカと自分しか受けたことがないであろうものが、ツボに入ってしまった。
「何か、別のものでもあるのだろうか……。『ステータス フルオープン』」
簡易で表示されるものではなく、もっと詳しく色々表示されているものを、レイジは確認してみる。
「ブフッ!!!」
キリッと凛々しい顔つき(ちょっと怖いと言われる)のレイジ。普段は表情の変化が乏しい人なのだが、いきなりド派手に吹き出してしまった。
「に、にきゅん……ど、どしたん?」
自分のステータスを見て吹き出すことなど、そうそうないはずなのでタケルはおずおずと訊ねてみると、レイジは口に手を当てて、震えながら言葉を返した。
「常時発動スキルで、ギョ……魚加護がついた」
「「ブフッ!!」」
アリカとタケルも吹き出した。
ネーミングセンスが酷い。そして、レイジにダンジョンボスが憑いて漂って、見守っているようなものを想像してしまったのだ。
想像がツボに入ったタケルは大笑い、アリカは口を押さえて肩を振るわせる。
レイジは震える指で、ステータス画面の『魚加護』に触れると、スキル詳細がでた。
「えーと、ダンジョンボス『魚』の加護スキル。常時水耐性プラス80、『魚加護水歩き』とスキルコールをすると、水の上を歩けるようになる。30分持続。次回使用時まで2分のクールタイムあり……」
魚加護の説明を読んでいくと、レイジとタケルの顔が、だんだん真剣なものになっていく。
何がすごいのかわからないアリカは、2人の表情の変化が普通とは思えず、笑いは止まり、レイジが読み上げる魚加護の内容を黙って聞き始めた。
「ダンジョンに水場があると腕力5%上昇……!? 魚のダンジョンにある湧水で作った料理を食すると、料理効果24時間……!!?」
モリモリのチートスキルをもらってしまったことを理解したレイジは、遠い目をしつつ頭を抱える。
特にギルドへ報告の必要はないけれど、隠し通せるものでもないが、とてもありがたい内容ではある。
ギルドに所属しているタケルも、異常な加護スキルだと理解して、絶句してしまう。
「レイジさんは簡易マップと魚加護っていうチートスキルもらった感じですかね?」
「あぁ、これは攻略が楽になる。生存率も大幅に上がるだろうな……」
その言葉を聞いて、アリカはぱあっと顔を明るくした。
「よかったです! 名前はアレですけど!」
「「んぶっ!」」
せっかく収まった魚加護笑いが、ぶり返してしまった。