1:魚からメッセージが届きました。
藺草亜李迦には、彼女の双子の弟・藺草梟師がいる。
彼は普段、所属しているハンターギルド『3丁目』の寮で寝泊まりしているが、今日はアリカの家に泊まりにきている。
「それにしても、寮のエアコンぶっ壊れるなんて、災難でしかないね、この季節」
梅雨入りの頃だというのに、雨はあまり降らず、すでにジメジメして蒸し暑いのだが、寮の部屋のエアコンが無常にも散った。
タケルは普段女性装をしており、ギルド内ですっぴんを見せずに生活していたため、他の誰かの部屋に転がり込む真似は、絶対にしない。
同僚である仁久レイジの想い人が、自分の姉だったという、複雑な思いはあるものの、レイジの片思いはギルド内では、知らぬものはいないレベルで有名な話。
自分がレイジの想い人の弟である事や、すっぴんは同じ顔という事を知られたくないなど、諸々の事情がありつつも、アリカには言わずに、エアコン壊れたから泊めてと転がり込んだ。
「本当だよ。しかも結構いろんなとこで壊れてるのか、メーカー手配もめっちゃ時間掛かるんだってさ……」
メーカーサービスマンがエアコンを見に来るまで、2週間かかると言われてしまった。
2週間もあれば、この時期は気温が上昇するであろうことが、容易に予想できる。一足早く熱中症になりかねない。
アリカの家がなければ、ビジネスホテル暮らしをするつもりだったので、財布と通勤の兼ね合いを考えて、非常に助かったと胸を撫で下ろすタケル。
垂れ流してあるテレビ番組では、毒キノコに注意と流れている。そして、その後はキノコ料理の紹介を始めていた。
料理番組系はすぐ目を向けるアリカ。
「それにしてもキノコかぁ……ダンジョンで採れるかな」
野菜、果実、魚は取れるが、キノコは森に入らないといけないため、奥地に当たる部分まで足を伸ばしたことはない。
食材鑑定というスキルがあるので、図鑑を見るより安心安全だ。
そもそも、ダンジョンキノコの図鑑は存在しないが。
「明日、お店休みだしダンジョン行ってこよー」
「マジで? おれも行っていい?」
「うん」
「よし、にきゅんも呼ぼう」
タケルの提案にアリカの心と体がビクッと跳ね上がる。
「なんでよ!?」
いきなりレイジの名が出てきた事にビックリしつつ、ツッコミの雰囲気でアリカは声を返す。
「最近、ダンジョン発生してないから、討伐班暇なんだよ。きっと来るよ」
そう言ってタケルは電話を手に取る。
「あー、にきゅん。明日暇だよね、アリカんとこのダンジョン行こう。うん、うん。そうそう。あー、言っとく」
話はトントンと進んだような感じで、タケルはサッと電話を切ってしまった。
「よし、朝7時半に来るって。朝飯食ってダンジョンな」
「おう、勝手に決まってる。全然いいけど」
しかし、ダンジョンに入るなら、アリカのご飯でステータスをあげておいた方が、安全度が上がる……かもしれない。
今まで発見した魔物は、ダンジョンボスしかいないけれど、まだ広大なダンジョンを隅から隅まで見たわけではないので、レイジは用心棒ポジションで連れて行くと、タケルに押し切られる。
アリカもレイジが来てくれるなら嬉しいし、何より非戦闘職2人よりは、安全であるはずだ。
そして、翌朝レイジがやってくるのは、店ではなく家側の玄関。
そこから入ってもらい、リビングで朝食を取り、ステータスが若干上がったのを確認するレイジ。
「よし、出発ー。すみません、レイジさん。お付き合い頂きまして……」
ダンジョンに入り、アリカはレイジに頭を下げるが、その下げた頭が、くいーっと戻された。
「面白そうだから、遊びに来たんだ。謝ることじゃない」
「……ありがとうございます」
遊びに来た、とあえて軽めの言葉を使いアリカの心をほぐす気遣いを見せるレイジに、アリカはへにゃりと笑い、タケルはニヤニヤ笑う。
そんなタケルをレイジは横目で見つつ、ダンジョンの奥へ行こうとしたら、バシャっと水のはねる音がした。
音の方へ全員の視線が向かうと、ダンジョンボスが湖から半身を乗り出して、胸ビレを振っておはようの挨拶をしている。
「おはよう、魚〜〜! これから、森の方にキノコ狩りに行ってくるね〜」
アリカは手を振って声をかけると、ダンジョンボスはパチパチと瞬きをした。そしてぎゅっと目をつぶってカッと開く。
――アイコンタクトだろうか……わからん。
全員が同じことを思ったが、レイジとアリカの目の前にウィンドウが開く。
◇◆――――――――――
ギョからメッセージが届きました
――――――――――◇◆
「「は??」」
その一文のあと、手紙マークがすいーっと流れてきて、ウィンドウ中央で止まる。
ちなみに、アリカに届いたメッセージ、レイジに届いたメッセージは、各々しかウィンドウが見れない。
「どうした??」
いきなり固まるアリカとレイジに、タケルは首を傾げて声をかける。
「魚からメッセージが来たってウィンドウが……」
アリカは何もない部分を指しているが、きっとそこにウィンドウが出たのだろうと、同じハンターであるタケルは推測する。
ゲームやSNSならば個別ユーザーへメッセージを送れる機能があるけれど、現実のハンターにそんな機能があるとは聞いたことがない。
アリカは手紙マークをタップしてみる。
すると、ウィンドウが現れて表示される、ダンジョンボスからのメッセージ。
謎の文字が浮かぶ。
「読めるかぁあぁぁ!! 魚語なんざ、習得してねーわっ!! むしろ、文字持ってたんか、お前!!」
ツッコミ不可避。そんな状態でしかないけれど、ダンジョンボスはウインクをしていい感じでしょ、と言わんばかりの顔を浮かべる。
「クリップマークということは、添付ファイルか……?」
同じようなメッセージをもらったレイジは、アリカのツッコミに心の中で激しく同意をしながらも、メッセージウィンドウを眺めていたら、メールでよく見る添付ファイルのアイコンを見つけた。
クリップマークをタップすると、レイジの目の前には、広大な地図と現在地を示しているであろう点が表示された。
そして、自分のいる位置と思われる場所には青い点、近くには魚マーク。
「まさか、ダンジョンの地図か?!」
「え、なんですそれ?!」
驚いて仰け反るも、自分にしか見えないものだ。添付ファイルがあることを伝えると、アリカは画面をフリックしてスクロールさせる。
そして、クリップのアイコンをタップすると、レイジと同じように仰け反ったものの、タケルには意味がわからない状態である。
「ん?」
アリカは部首の凵の中に↑矢印の記号が書かれた、スマホなどでよく見る共有マークを見つけたので、タップしてみると、メニューが出てきた。
◇◆――――――――――
共有相手を選んでください
仁久 レイジ
藺草 タケル
――――――――――◇◆
レイジは地図を持っているっぽいので、タケルの名前をタップしてみると、今度はタケルが「うおっ!」と声をあげる。
◇◆――――――――――
ダンジョンマップが
藺草 タケル に共有されました。
――――――――――◇◆
「なんだよ、便利かよ!」
謎のツッコミしか出ないが、便利そのものであり、嬉しいプレゼントではあった。
魚はにっこり笑って、手を振る。
「ありがとねー、行ってくるー」
魚に見送られて、一同は森を目指した。