第8話
ある日の昼休み。
シャルは珍しく一人で過ごした。
「平和だなあ…。」
物心ついた時には、ヴァル姉と二人で封印を守っていた。
何故なのか。
大変なことになるから、らしい。
そりゃあもう、頑張った。ものすごく。
ヴァル姉も頑張っていた。
でも、やはり根本的な疑問は晴れなかった。
何故『自分たち』なのか。
ひたすら魔力を封印に流し込むだけの日々。
食事も睡眠も交代制、途切れることなく、代わる代わる。
目的も意義も分からず、本能だけで過ごすような、淡々とした、でも全力を求められる日々。
姉が一緒にいてくれる、辛くない、大変じゃない、と思った。
思いたかった。
でも、やっぱりそうじゃなかった。
それなのに、ある日突然その日々が終わる。
突然の大爆発と大噴火。
皇竜2体でも封印の維持が限界の、まさに邪の竜の王、この世に混沌をもたらす災いの権化であった無竜キラスが、今じゃ『あの人怖い…助けて…』とか言いながら本気の引きこもり一直線だ。
「本当だったらお礼を言って首を垂れて、一生尽くします、くらいの出来事なんだろうけどなあ。」
何というか、そういう尽くす存在を侍らすイメージが、あいつには全く湧かない。
そもそもまだ6歳という時点で何もかもおかしい。
「…シャル、こんな所でどうしたんじゃ?」
どうやらヴァル姉が近くに来ても分からないくらい、思考が深かったらしい。
「んと、急な出来事が多くて、ね。」
「そうじゃな。ついこの間まで、あんな状態じゃったからな。」
「ヴァル姉は、どう思う?」
あの男に、どう接したらいいのだろう。
ヴァル姉はどう思っているのだろう。
「そうじゃなあ…。」
「うん。」
「礼を、言うべきなんじゃろうな。」
「うん…。」
まあ、実際そうだよね。
終わりの見えない日々を、ほぼ完全な形で終わらせてくれた人。ありがちな物語のように、惚れて尽くしてもおかしくない。
「じゃがなあ…あれ、じゃぞ?」
「だよね。うん。僕もそう。」
我が道。自分本位。ウルトラマイペース。
周囲の視線も軋轢も、何それ美味しいの?だけで済ませてしまいそうな、どの角度から見てもヤバい存在。
「でもね、実際やっていることはとても凄くて、出来事だけならとても格好いいんだ。」
「そうじゃな。」
「これから先どうしよう、って思ってたんだけど、結論は出ないね。」
「まあ、『万年ニート姉妹』じゃからな。目的、手段、未来と次世代、直ぐに結論も出まいよ。」
「あはは、そうだね。」
「幸運なことに時間だけはあるんじゃからな。二人でゆっくり考えようかの。」
「うん。」
ヴァル姉と二人で、こんなに穏やかな時間が過ごせるだけでも、あいつにはとても感謝している。
それに封印を吹き飛ばした時も、姉さんは巻き込まれかねないと言っていたけど、実際には自分たちに被害が無いように完璧にコントロールされていたことは分かっている。
凄まじい技術の極致。
それに、あいつキラスに一体何をしたんだ?
「まあ、ゆっくり考えるかあ。」
今はまだ、照れもあってそこまで親しげには出来ないけど。
ヴァル姉と二人であいつの両手を抱える日が来るのだろうか。
「それならそれで楽しそう。」
幸運なことに時間だけはある。
近い将来、僕たちがどういう過ごし方をしているのか。
そんなことを考えることが出来る喜びに、もう少しだけ浸っておこうかな。