第2話
見知らぬ天井から目線を外し、むくりとベッドから上半身を起こした俺の目に入ってきたのは、見知らぬ壁と見知らぬ扉と見知らぬベッドと見知ら…見知らぬ部屋だった。
そりゃそうだ、たった今転移したばかりだしな。
それにしても、急にこの世界に人間が増えたことになったのか?それとも元々いる誰かに憑依するような感じなのか?漢字で憑依は読めるけど書けないかもな、そういえばこの世界の言語はどうなっているんだ?日本語なのか?それともエスペラント語なのか?
「まあ悩んでもしょうがない、後はさっさと魔王と黒幕の神と邪神と実は裏で魔王と繋がっている聖王国をぶっ潰してデカいドラゴンを従者にするだけだと今決めた!根拠ゾーンゼロだけど!それにしてもあの野郎、会話の途中で転移しやがったな今度会ったら絶対に文句言ってやると今決めた!あと女神だけど野郎でいいのかな?いいんです今決めた!あれ、何を決めたんだっけ?まあいいか。」
さて、一瞬で冷静になった俺。
話題と興味と疑問が尽きたので、ひとまず探索だ。
まずはこの部屋。
デカいベッド。そこそこデカい机。デカい窓。
「これはもしかして、立派なお屋敷というものではないのか。すると俺は良いとこのお坊ちゃん、つまりは御坊茶魔だとでも言うのか?言わないのか?どっちなんだい!言わ~ない!」
さて、一瞬で冷静になった俺。
窓から外を眺めると、快晴だ。
「ん?太陽があるということは、どういうことなんだ?地球?ではない?地球に似た地球型惑星?惑星だけにワクワク」とか何とか宣っていると、扉が、コンコンと2回ノックされた。
「はーい。入ってます。」
ガチャ。
え?入っているのに開けちゃうの?プライバシーの侵害革命!世界がまる見えじゃないのか?!とか何とか思いつつ日常生活を謳歌している風情で佇む俺が扉に目線を向けると、入ってきた人物は、メイドだ。メイドだな。370度どこから見てもメイドだ。
「お前はメイドだな!やっぱり、そうだと思った!他人の目は誤魔化せても俺は「メイドです。誤魔化してもいませんよ。」はい。」
にっこりと笑うメイドのまぶしい笑顔の圧に瞬時に負けを悟った俺はコロンと寝転んで服従のポーズをとる。と見せかけてそのまま後転して直立不動のポーズをとる。と見せかけてお手上げする。だめだ、俺の数少ない108の性癖の一つメイド服相手には成すすべがない。
なお残りの107は更に細分化されて全部で80486になっている。ちなみに最終的には486DXになっていつの間にか80000の性癖がなかったことになるが閑話休題。
「お仕度をいたしましょうレイン様。」
「ん?俺はレインなんだな?」
「はい。そうでございます。」
「レイン…本当にレインなのか?」
「はい。」
「ラインでもルインでもサーロインでもリブロインでもテンダーロインでもなく。」
「はい、レイン様ですね。」
「そうか。」
レイン、俺はレインという名前らしい。ううむ。全く記憶にない。ないったらない。このタイミングで偶然ばったりタイミングよく思い出したりもしないはず。
【今、記憶を融合します。】
よし、完璧なフラグ建て。一級フラグ建築士の汚名挽回名誉返上だぜ万歳三唱三敗一引き分け!ということで一瞬で状況を把握した俺。
レイン・フォレスト。俺の名だ。認証制度ではない。
そしてご都合主義も極まったか、存在も性格も言動も周囲にばっちりドッキリ溶け込んでいる。
「正確には諦観が主ですね。」
特におかしいとは思われていないようで安心安心安全安康臣豊。
それから家族は両親と妹と寮生活の兄。あとメイドさんたくさん、執事もいるが羊はおらず躑躅は咲いていない。
「わかった。すぐに支度をしよう。手伝ってくれメイドさん。」
「承知しました。名前で呼ばないのは態とですか?」
「そうではない、俺の中にいる一匹の野獣がメイドという単語に敏感に反応してしまうんだ。」
「ただの変態をものすごく遠回しに表現しているだけですね。それはさておき準備しましょう。」
一応名乗っておきますけどカミラですからね、覚えてますよね、という呟きを聞きつつ、そういえばそんな名前だったね初耳でも初音ミミでもないです大丈夫俺の魂は覚えていたはずです、と涙ぐましい言い訳をしながら身だしなみを整え、朝メシの会場である宴会場に浴衣で向かうようなだるい動きではなく、しっかりとした足取りで食事が準備されている食堂兼公会堂兼聖堂のような広い部屋に向かうと、既に両親と妹は着席のうえ、談笑中だった。
「おはようレイン。」
「おはよう。」
「兄さま、おはようございます。とはいえ結構遅い時間ですよ?」
ん?なんだこの違和感は。
あ、特に違和感なかった。
すいません私嘘をついておりました。
「おはようみんな。今日という一日を静謐に過ごせる喜びに感謝感激ひなあられ。」
「はいはい。早く座りなさい。」
完全に俺の扱い方を見切っているような母親の促す席に座る。すると完全に俺の扱い方を見切っている雰囲気の父親が喉から絞り出した言葉が念仏となって具現化するわけでもなく普通に聞こえてきた。
「レイン、今日の予定は聞いていたか?」
「はい。聞いております。明日から始まる『摩訶大大魔導祭』で披露する宴会芸を習得するために『神の大地』と呼ばれる場所で『古の大魔導士ミナラーイ』から一夜漬けで暗黒極光聖魔法をイニシエーション…」
「来月から通う学園の下見だ。」
「存じておりますとも。ええ。しっかりはっきりばっちりと。」
「もう…兄さま、本当に分かってます?今日の下見でクラス分けが決まるのですよ。」
「暮らす訳?いや、この世に生を受けた限りは…って生を受けたのはこの世じゃなくて地球型惑星のもとになった地球だったぞーいってこれは企業秘密でしたてへぺろ」
「とにかくしっかり頼むぞ。」
さて、一瞬で冷静になった俺。
不安にさせてはいけないと、力強く「はい」と頷く。
どうだこの力強い頷き。完壁もとい完璧だろう。と自信フルな目で見渡すと、やれやれ、本当に…、まったく兄さまは…という反応が目に飛び込んできたが、目に飛び込んできたものをすべて信じるほど愚かではない俺は「今日も楽しく美しい一日の始まりだ」と自信満々で朝食に食らいついた。