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第18話

いつの間にか、前衛4人の動きが止まっていた。

会場も静まり返っていた。


子供が、大人に、がむしゃらに向かう。

大人は困惑し、迷う。


諦める素振りを微塵も見せない子供。どう見ても気力も体力も尽きている。

それなのに、全く引かない。諦めない。


一体何を見せられているのか。

戸惑う4人と観客。


そんな中、レインは必死の形相でタリアに向かっていった。

全力で、ひたすらに。

勝敗なんて関係ないと言わんばかりに、鬼気迫る形相でタリアを追いかける。


もちろん、届くわけがない。


王国が誇る大魔導士の一人と、6歳児。

当たり前だ。


そう、当たり前なのだ。

だからこそ、タリアは困惑し、つい、言葉を発してしまった。


「何がしたいんですか?私を馬鹿にしているんですか?」


彼がそんな軽薄な人物では無いとは思いたいが、出てしまった言葉。

少し後悔したが、確かめなければならない衝動。


「先…生、俺、今、全力、です」

「え、ええ…。」

「俺、自分、が、格好良くて、最高で、す。」

「…。」



タリアとレインの視線が交錯する。

レインの目は、タリアの目の奥の奥を射抜く。



『タリア、お前、格好悪いな。』



ビクッ!とタリアの体が跳ねる。

そして跳ねた体の反応に、タリア自身が驚く。



目の前には、徐々に動きが鈍くなるレイン。

指を動かすことさえ儘ならない程疲弊しているはずなのに、止まらない。

全身から汗を吹き出し、荒い呼吸の音が会場に響く。


ただ、目線だけはこちらを捉えて離れない。


そんなレインを見下ろす私。

汗一つかいていない。

でも心は、思いは、嵐のように渦巻いている。




格好悪い?




レインは、今の自分を、今の自分の全力を惜しげもなく曝け出している。

そんな自分が格好良いと言っていた。



私だって、全力で生徒を導き、全力で魔導の研究に没頭していた。

格好悪いわけがない。

だって、そうでしょう?


周りに認められ、実力をつけ、人望も得て、好意的に、堅実に立ち振る舞う。

その私が格好悪いわけない。

そうでしょう?


そうだと言ってよ。

お願いだから。


そんなタリアから、レインは目線を外さない。


『容姿が邪魔?肩書が邪魔?評判が邪魔?面白い事を言うな、タリア。』

『そう邪魔なの。自分はもっと人の幸せを願っていたいだけなの。』

『そうか。じゃあ、頑張っているんだな?』

『そう、私は、頑張ってるの。そうでしょう?必死に、全力で、頑張っているの。』

『そうだな。お前は頑張っているよ。』

『でしょう?』

『自分を良く見せるように、敵を作らないように、人から悪意を向けられないように、全力で頑張っているな。』

『え?』



『自分の殻に篭り、人の善意と悪意から逃げ、内側から指を咥えて眺めることに、全力で頑張っているな。』



レインは意識が飛んでもおかしくない程疲弊するまで、更にその先まで、動き続ける。

常識を超えた肉体と精神の酷使を見せたレインだが、急に糸が切れたように動きを止め、タリアから目線を外すと、大の字に寝転がり空を見上げる。


再び、静寂が会場を支配する。


そんなレインに近づいたタリアは、レインに対して呼吸を整えるよう指示し、少しでも楽になるように回復術を施す。


「私、格好悪いですか?」

「…先生は…どう思いますか?」


やや逡巡したタリア。

迷うような表情を浮かべるが、同時に、既に答えを持っているような表情。


「臆病で、馬鹿みたい。」


そして、左上腕に結んだ目印布を自ら外すと、まだまだ小柄なレインの体を抱き上げるように起こし、その顔から流れ出る汗を丁寧に拭った。


「人から教えられるのって、悲しいけど嬉しいですね。」

「人当たりが良くて優しい先生も嫌いでは無いですよ。」

「じゃあ、嫌いなのは?」


真っすぐにタリアを見つめるレイン。


「自らの才能と美貌を極限まで使って、自信に満ち溢れて、時には真摯に、時にはあざとく、自らの目的のために全力で、全世界を羨望と嫉妬で狂わす先生なら、格好良過ぎて嫌いになりそうです。」


そう、自分より格好良い存在は認めない!断じて!いや、そうでもない!ん?どっちだ?まあいいか!


何時もの調子に戻ったレインを見て、フフッ、と笑うタリア。

自然で、邪悪な笑顔だとレインは思った。


じゃあ、私も色々頑張らなきゃ、と呟いたタリアは、レインの額に軽く唇を寄せると、チームの二人に「すいません、彼を医療テントに連れていきます。後はお願いします」と声を掛け、レインを抱えたまま試合会場から降りた。




医療テントは、試合会場の直ぐ横。レインをそこまで送り届けたら、考えることがいっぱいありそう。

心持ちの変化に気付いたタリアは、充足感と安堵から、つい、軽口を叩いてしまった。


「調子に乗ってみんなに嫌われたら、先生の居場所がなくなりそう。どうしましょうね?」

「もし居場所がなくなったと思ったら、俺のところに来いタリア。」


何度でもその根性を叩きなおしてやる!と息巻くレイン。


何だか告白めいた言葉を発したレインを抱えたまま、タリアは、顔が、胸が、全身が急速に熱を帯びていくことに気付き、抱えた腕に少しだけ力を込めた。



--


タリアは思う。

気付けば簡単なことだ。

単に人から嫌われたくなかっただけ。

未熟な心。まるで5歳児だ。あ、それだと彼に失礼ね。


でも今は、心から、『頑張らなければいけないこと』ができた。

この世界を少しでも明るくできるように。

頑張ろう。


そして、この国の成人は16歳だ。

レインが16歳になるまで、正式に結婚できるまで、あと10年。


じゃあ、10年…いや、20年くらいかな。

せめて20年くらいは若さと美貌を保たなければ、エスターリアさんには届かない。


頑張ろう。


--


演習会が終わってしばらくした、ある日。


「タリア先生。」

「ウェスター先生。今日はもう終わりですか?」

「ええ。」


タリアと偶然鉢合わせたウェスターは、先日の会話を思い出した。

そして、その時の失敗を糧に「少し残って仕事をしてもいいかなと思ったんですけどね、早めに帰ってもいいかな、とも思っています。」と、会話がどちらに向いても対応できるように含みを持たせた。


「そうですか…ウェスター先生、私、これから他の先生と、指導教材の店に行くんです。もしご都合がよろしければ、先生も一緒にいかがですか?」


あ、女性の先生ばかりなのですが、差し支えなければ、と付け足すタリア。

そんなタリアの様子に、少々面食らったウェスター。


タリア先生、何か変わったな。


服装も以前のようなゆったり目の服ではなく、女性らしい曲線が仄かに感じられる意匠に。

微かに薫る匂い、香水のようだが、以前は「苦手で…」と言っていた気がする。


そして何よりも、踏み込んでくるようになった。


輝く美貌を惜しげもなく曝け出し、優しく、遠慮なく、抜け目なく、こちらの心に。


ニッコリと笑みを浮かべながら、真っすぐにウェスターを見つめるタリア。

まるで断られることを微塵も考えていないような、無邪気な笑み。


「え、ええ、もちろんです。ご一緒させてくださいタリア先生。」

「ありがとうございます。ウェスター先生がご一緒なら、万が一襲われても安心ですね。」


真っすぐに向けられる好意。


ああ、これはもう手遅れだ、と直感したウェスター。

彼女から、目が離せない。



それじゃあ後ほど、と言って足早に去るタリアの後ろ姿をじっと見つめていたウェスターは、もう少しだけ同じ時間を過ごせる喜びに浸りつつ、彼女の魅力に絡み取られるであろう未来の同胞たちに少しだけ同情した。

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