第17話
予選会も大詰め、あと1,2回も勝てば本選というところで、我が『フルグラレイン』は遂に先生方のチームと相見えることとなった。それも肉体強化の魔導研究を中心としたseisコースの先生チームだ。正直先生チームの中でもかなりの強豪だろう。
前衛二人を後方の回復支援役が支える逆三角形の陣形。
前衛は赤鬼・青鬼の異名を持つ肉体派の先生二人、そして支援役はあのタリア女史だ。
攻撃・防御・支援・回復全てを高次元でこなすとんでもない女傑だが、今回は肉体強化に秀でた先生二名を前衛にして支援に回ることにしたのだろう。
まあ、生徒への指導という点では正解だな。堅牢な前衛と強力な支援を持って突撃してくる軍団、果たしてどのように対応すれば良いか考えてくださいね、そういう思いが伝わってくる。
「レイン、今回も僕が前?」
「いや、今回は前衛二人で当たってくれ。タリア先生は、俺が。」
「っ…」
レインが「俺」と言った瞬間、暴風のような雰囲気にヴァルシャル姉妹の背筋が凍る。
圧倒的な力を秘めながらも、極限までその力の発現を抑えた、膨らみ切った風船のような印象。
これが自分たちに向けられたらどうなってしまうのか。
「そういえば向けられたことあったわ。」
「ヴァル姉と二人で山ごと吹き飛ばされそうだったね。」
急にすん…と冷静になった二人だが、相対する先生方の表情は強張ったままだ。
流石に雰囲気で察しているのだろう。
そして、しばしの静寂が広がり、試合開始の合図とともに双方が動き出す。
ヴァルシャル姉妹はそれぞれが前衛の先生と1対1。
ヴァルは積極的に自分から相手の目印布を狙う。
左腕を伸ばして相手の右腕を狙い、そのまま勢いで姿勢を低くして回転、相手の両脚を狩るように水面蹴り、僅かに脚を上げて回避した赤鬼先生の右側から後ろに回り込みつつ右腕右脚の目印布を目標に体捌き。
自分よりも遥かに小さい体躯の相手が視線と体捌きでフェイントを交ぜながら迫ってくるのは、想像以上に厄介のはずだが、赤鬼先生は慌てずに肘と前腕でヴァルの右手を受け、下半身に特化した強化支援で脛受けの体制も見せつつ、ヴァルの左上腕の目印布を左脚で刈り取るように後ろ回し蹴り。双方が回転するように相手の四肢の布を狙う様は、息の合った踊りのようで美しい。タリア女史も赤鬼先生を信頼して下半身特化の支援に絞っている。支援のタイミングも強度も正確だ。
シャルは押し引きしながら相手のスキを誘い、何処とは言わず目印布を狙う。
青鬼先生はシャルの特性を見切っているのか、どちらかと言えば上半身主体の強化で手数を重視しているようだ。やはり我々のこれまでの試合の連携や個人の動きを研究してるな。
じゃあ、俺は俺の役割を果たすか。
ん?俺の役割って何かって?
決まっている。すべてを吹き飛ばす。
ではなく。
それではしっかりと準備してきた先生方にも、この試合を見ている観客にも申し訳ない。
やることは一つ。
タリア女史との『お話』だ。
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ヴァルシャル姉妹は試合開始の少し前、レインに一言頼まれていた。
「タリア先生と少し話をしたいかもしれない。その時は前衛を頼む」と。
その意図を正確に把握したわけではないが、何か考えがあるのだろう。
それに何だかんだ言っても惚れた相手のお願いだ。
二人とも、わかった、と言葉少なに、そしてしっかりと頷いた。
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「先生、ご指導お願いします。」
とタリア女史に声をかけると、彼女は軽く笑みを浮かべて「いつでもどうぞ」と返してきた。
それでは、と一礼をした俺は、肉体強化のレベルを極限まで『落とす』。
「…?」
タリア女史が首をかしげるのも無理はない。
素の俺の能力は、結局6歳児だ。
「行きますよ先生。」
何の駆け引きもなく、真っすぐに走り出す俺。
手を伸ばし、相手の目印布を愚直に狙う俺。
リーチも短い、動きも遅い。
そして隙だらけだ。
それでも、自らの限界を超えろと言わんばかりに、ひたすら動く。
ひたすら動かす。
腕を。脚を。脳を。肺を。心臓を。
恐らくタリア女史も面食らっているだろう。
こんなことを思っているかもしれない。
『圧倒的に強者だからこそ、早くに脱落して試合を面白くしてやろう、そんな浅はかな事でも考えているのだろうか。』『所詮先生とはいえ自分の方が強者ですから、さっさと諦めてください、とでも言いたいのだろうか。』『単純に舐められているのだろうか。』
違いますよ先生。
これが、俺の全力です。
神から与えられた能力は完璧だ。
俺を遥かな高みに連れて行ってくれる。
でも、先生。
俺は所詮この程度です。
学園中の注目を集める俺。
圧倒的な実力を誇る俺。
そんな俺の本質は、この程度です。
どうですか先生、格好良くないですか?
誇り?世間体?他人の評価?そういうの、別にいいんです。
結局こいつは、たまたま、運よく、凄い能力を得ただけ。中身は凡夫。その通りです。
あなたは圧倒的な存在と思われていた方が、心地よいでしょう?
いえ、別にいいんですそういうの。
どうですか先生。
ただひたすらに全力を出す人って、格好良くないですか?
先生。
後ろで適当に指示を出して生徒を導くフリをしながら、目立たず騒がず、在るものを使わず、無いものばかりを強請る、先生。
そういう人を何て言うか、僕、知ってますよ。