第1話
11月24日
高校生たちがクルーザーに乗り、島へ向かっている。
洒落たクルーザーの中には男が五人、女が三人、それに乗組員。
ソファやバーカウンター、サマーベッドが整った船内には、明るい笑い声が満ちている。
ある人は窓の外を眺め、ある人はソファに腰掛け、各々が自由に過ごしている。
「やはり神はいない」
朝倉は突如声を上げる。高校生に似合わぬ、高い身長と色白くも健康的な顔つきをしている好青年だ。
先程までソファで寝転んでいたと思っていたら突然喋ったので、船内にいた全員の視線が朝倉に集中する。
「君たち、俺は天才だと思うかい?」
「なかなかに急ですね。ええ、朝倉くんは勉学や頭の回転においては天才だと思います。他はちょっとアレですが…」
それに答えるのは河合。こちらも好青年ではあるが、朝倉の隣にいるとどうも霞む。
「聞き捨てならない発言があったが、一旦おいておこう。俺が天才なら、やはり神はいないことになる」
「いきなり飛躍しますね、なぜですか?いる根拠もなければいない根拠もないでしょう?」
「有名な話があるだろう。全知全能の神が絶対に持ち上げれない石を創れば、全知全能であるのに石を持ち上げることができなくなってしまう。だが、石を持ち上げれば絶対に持ち上げれない石ではなくなり矛盾が生じてしまう。
だが、全知全能なのだからなんでも作れないとおかしい、だから神などいない、と言うアレだよ」
「全知全能のパラドックスですか。だがなぜ存在しないと言い切れるんです?人間には理解できない、神の法則によって両立するかもしれないでしょう?」
「この僕が思いつかないからそんなものは存在しない。これでQ.E.D. 証明終了」
朝倉は済ました顔で言い放つ。
河合は苦笑した。
「……やっぱり変人ですね。天才ってやつは」
朝倉は胸を張った。「変人? 褒め言葉だ」
「お前ら、また小難しい話してんじゃねえ、もう着くぞ」
河合が反論しようと口を開いたが、野太い声で森岡が上から被せる。日焼けした肌に服の上からでもわかるがっしりとした体格。あだ名にゴリラがぴったりの暑苦しい男だ。スポーツ推薦で高校に入学してきたが、学力はまちまち。いわゆる脳筋だ。
こんな話題で朝倉と河合が言い合うのは日常茶飯事なのだろう、鬱陶しそうに手を振る。
「せっかく朝倉くんにいかに自分が変わり者かをわからせてやる!って意気込んでたのに、いいところで止めないでくださいよ」
「耳障りだ、これ以上話すな」
「俺は普段は全く同調なんてしたくもないが、今だけ俺は森岡に同調するね、耳障りだ」
「そういうところですよ!」
「はいはい。そろそろ島に着くわ。荷物まとめておいてね」
このグループの引率をしている出石先生が指示を出す。
新卒二年目で、可愛げと優しさで男女ともに人気の教師だ。
白いワンピースに日よけの大きな麦わら帽子というありがちな服装をしている。
「船から降りたらすぐに移動するんだから、今のうちに荷物まとめておいた方がいいと思うわ」
「出石せんせー、わかってますよそれくらい。先生こそ、さっき広げてた化粧類全部まとめました?」
大神がちょっかいをかける。引き締まった体にユーモアを併せ持ついわゆるモテ男だ。人との距離感が上手いのか、さっきから嫌がられない程度に出石をおちょくっている。
「でも、私も全知全能のパラドックスには興味あるのよね。こう見えて大学で論理学を専攻してたの。サボっててほぼほぼ講義聞いてなかったけどね!」
「それでよく高校教師になれたな」
「大神くん、そこ突っ込まないの」
「見えたわ!」
船上デッキで外を眺めていた女子が声を上げる。
特に目立つのは小田原凛花。このクラスの一軍中の一軍で、顔よし、スタイルよし、モテる要素しか見当たらない女子だ。
四六時中、360度に愛嬌を振りまいているが、わざとらしく見えないのが流石である。
「思ってたよりも大きいね!」
竹下もはしゃいで声を出す。こちらは小田原とは違い日頃あまり感情を表に出さないタイプだが、先ほどから興奮のあまり感情を表に出しがちらしく、小田原と一緒に盛り上がりまくっている。
「修学旅行の行き先が聞いたこともないような島だった時はがっくしきちゃったけど、すごく楽しみになってきた!」
「あはは、凛花ちゃんならどこでも楽しめそうだけどね」
「確かに!あ、大神くんも修学旅行、楽しみだよね」
船上デッキに出てきた大神に、小田原が声をかける。
「そーだな。何があるのか楽しみだな」
「そういえば桜田くん、確か君はこの島に一度来たことあるんだっけ?」
河合が尋ねる。
「は、はい。一度」
人と喋るのは不慣れなのだろう。桜田は俯きがちに答える。
日頃からあまり人と喋るタイプではなく、教室の隅で本を読んでいるため、影が薄くクラスに馴染んでいない。こうして河合が話題を降らない限り口を開かない。
現に今日桜田が口を開くのは初めだ。豪華なクルーザに乗っており、海の上にも関わらず小説をずっと読んでいて、会話に入る気やこの場を楽しむという気はなさそうだ。
「君たちは確か修学旅行生だったね。」
船長が尋ねる。
「そうなんですよ。僕たちは進学校なんで、大学受験前の思い出作りにってことで。
なにしろ、高3になっちゃうと受験でそれどころじゃないんで、比較的暇な高2のこの時期に修学旅行に行くんですよ。
でも見た感じ、何もなさそうな島ですね」
河合が答える。歳の割にしっかりしているタイプなので、大人とのやりとりは得意だ。
「ああ、そうか、君たちは知らないのか。この島は数十年前まで金持ちが別荘地として島ごと丸々所持してたらしいが、その金持ちが死んだか破産したかで今は島全部が宿泊施設になっている。
だが運がいいな。あの島はここからでは見えないが、メインの建物になる洋館だけじゃなくて、金持ちの道楽のための施設がわんさかあるって話だ。まぁ、運営会社は整備はするが広告にあまり力入れていない。
泊まりにくるのも君たちみたいな修学旅行生か社員旅行ばかりだから、送迎は初めてでね。島に何があるのかははっきり言って俺も知らん」
「そうなんですね。道楽で言ったら、テニスコートとかビリヤードルームとかがあるんでしょうか。桜田くん、覚えてるかい?」
「いや、僕が来たのは僕がまだ小さい頃なので記憶にないです…」
「そうか、ありがとう。楽しみだな」
船着場に到着し、一同が船からおり荷物を下ろす。
一同は、これから自分たちを待ち受ける運命など、知る由もなかった。