?
?
薄暗い部屋の中で、二人が革のソファに腰掛けている。
いつもはこんな時間に来客などないのだが…私は疑問に思う。
数分前、呼び鈴が鳴ったと思ったらこの二人組が玄関前に立っていたのだ。
二人のうち一人はたまに見かけるので顔は知っていたが、もう一人は全く知らない。
とりあえず応接室に通し、この家の主人に来客が来たことを伝えたが、一向に来る気配がない。彼女はどうせ完璧なゆで卵を作るのに熱中しているのだろう。いや、最近はゆで卵に飽きて完璧な紅茶淹れだった気もするな。
何もないまま待たせるのはどうかと思い、お茶を出したり世間話をしていたが、二人組の男が部屋に入って30分近くが経った時、やっと彼女が部屋に入ってきた。
「いやはや申し訳ない、浅井あざいくん。かなり待たせてしまったね。
ちょうど手を離せなくて、すぐに向かえなかったんだ」
「いえ、お気になさらず。秘書の方にお茶を出していただいたので、それを楽しんでいたところです」
「秘書じゃあないんだがね、それならよかった。で、今日は何のようだい?いつものようにビリヤードでもしにきたのかね?私の知らない人も一人いるようだが」
やはり一人は知り合いではないようだ。
もう一人、今浅井と呼んだが…も、顔見知りとは言っても一ヶ月に一回ほど来て、談笑したりチェスやビリヤードを楽しむような仲だ。と言っても毎日通いで訪ねている私以外に人付き合いが少ない彼女にとっては滅多にいない存在であろう。
「いえ、実は今日はとある本をすすめにきまして。私とあなたは趣味が合うようだし。あ、これがその本です」
そう言って浅井が本を手渡す。
表紙には何も書いておらず、そこそこの厚みがある。
本を開き、目次に目を通す。
「ふむ、修学旅行中の高校生に起こった悲劇、か」
主人は本を膝に乗せ、タバコを燻らせながら、遠くを見つめる。
「だが残念ながら、私は推理小説はあまり好まないんだよ。
なんというのか、現実味に欠けている気がしてねぇ」
「そんなこと言わずに、一度読んでみてください」
浅井が顔に笑顔を貼り付けながら答える。
私はあまりこの男の笑顔が好きではない。押し売りのセールスマンに似たものを感じるからだ。
「実はこの本、我々で作ったんです。ですがまだちょっと自信がなくて、こうやって友人を訪ねては感想をもらおうと本を勧めてるんです」
一瞬だが、彼女の表情が柔らかくなったように見えた。おそらく「友人」という言葉に反応したのだろう。この人になそんな存在がほぼいないからだろう。
「なるほどな。なら友人として君の頼みを拒否するわけにはいかないだろう。ところで今我々が書いた本だと言っていたが、この本、君たち二人で書いたのかい?」
「そうです。私と彼の共同で制作しました。ね?」
「はい」
笑顔な男の隣で俯いていた男がやっと口を開いた。
彼女を待っている間も、世間話をしていたが口を開くのは浅井ばかりで、彼は一言も口を聞いてくれなかった。ただ、喋るのに慣れていないとかそういうのではなく、ただただ喋るのがめんどくさい、そういうものが感じ取られた。
「そうだったのか、なかなか喋らないから、てっきり無口な君が作者で、君が編集か何かだと思っていた。いや失礼、私の知り合いの作家連中は無愛想な奴が多くてね。作家というのはみんなそういうものだと決めつけてしまっていた。決して否定しているわけではないよ」
「いえ、お気になさらず。特に気にしていませんので」
「そうかい、すまなかったね。そういえば名前を聞いてなかったね」
「小谷こたにと言います」
「そうか、ありがとう。それにしても浅井くん、君とは仕事の話をしたことがなかったが、まさか作家だったとは」
「作家の端くれにもなれてませんがね。
今回の本も一度自費出版で出して、ある程度反響があったら出版社に持ち込む、なんて感じです。
ああ、そういえば、お願いしたいことが一つ。お手数ですが、読み終えられましたらご連絡ください。先ほども言いましたが、感想だけじゃなくてちょっとしたアンケートみたいなのもお聞かせ願えれば、と思っていましてね」
「当たり前だ。私の感想が果たして参考になるかはわからないが、もちろんそうするつもりだよ。私の職業柄、ちょうど退屈してたとこだったからね、刺激を欲していたんだ。ありがたく読ませていただこう」
そういい、まだ幾分か長さの残っていたタバコを灰皿へ押し潰し、本を手に取る。
「それでは一ヶ月後、お会いしましょう。市川綾乃さん」