いちの町 7
虹色の毛を持つ不思議な生き物と対峙する。
神と呼ばれているソレは「何故ここにいるか?」という問いかけに対する、私の返答を待っているようだった。
私の一言で、生死が決まるかもしれないと思うと緊張する。
どうすれば生き延びることができるのか。
考えをめぐらせ、慎重に口を開く。
「た、食べないでくださいぃ……」
終わった。
アキナを守るためであれば何でもできる。
でも、自分のこととなると、そうはいかないのだ。
「はっはっは!そう怯えなくても良い。お前を喰えば、その子は生きられまい。先程も言うたが、赤子を殺す趣味はないので安心しろ」
「ぅうー!」
「何より、お前を喰えば、この子の父親に儂が殺されるわ」
「ぁうぅうー!!」
呼応するようにアキナが声を出し、虹色の生き物の足に捕まり膝立ちをする。
右足を持ち上げ、足の裏を地面につき、力を込める。
少し体が持ち上がった!と思ったが、バランスを崩してそのまま後ろに倒れた。
「っ!!!ぁあーーー!!!!」
「あらあらあら。大丈夫。大丈夫だよ〜」
急いで近づき、アキナを抱き上げる。
頭を打って痛かったのだろう。
顔を真っ赤にして泣き始めた。
「大丈夫〜大丈夫〜」
ゆらゆらと揺れながら頭を触ると、少しコブができていた。
こういう時は、親が騒いではいけないのだ。
親が騒ぐと、子供は不安になり更に泣く。
「どれ。見せてみろ」
ソレはゆっくりと私達に近づき、アキナの頭に鼻を寄せた。
ふうっと息をふきかけたのか、風が吹いたのか、爽やかな空気が立ち上ってくる。
「ひぃぃんー」
「はっはっはっ!もう痛くないだろうに、情けない声を出しておる」
「ひぃ〜ひぃ〜ぅ」
先程までコブがあった場所を触ると、もう何もなかった。
アキナも先程までとは違い、不安げな声を出すだけで泣いてはいない。
「あ、ありがとうございます!」
「この位、容易いことよ。さて、お主らがここに来た経緯を話してもらおうか。この街の住民ではなかろう?」
「はい。それがですね……」
アキナを抱いて、ゆっくりと揺れながら、事の経緯を話し出した。
ーーーー
「というわけでして」
「ふむ。おかしな話よ」
「といいますと?」
話によると、ソレは街を含むこの辺り一帯の主らしい。
大昔に、この森の一部を切り開いて街にしたいと相談をされ、切り開いた土地で実った作物を捧げることを条件に承諾したとの事だ。
「ということは、この机の上の作物だけで十分ということですか?」
「そうだ。最初は作物だけだったのだが、何故か途中から人も捧げられるようになった。捧げられたものを残すのも失礼かと思い、全て喰らっていただけだ」
「なるほど……」
街の住民たちの勘違い、ということなのだろうか?
いや、途中からということは、何か意図があってのことだろう。
もしかしたら、丁度良い処刑場として利用することにしたのかもしれない。
死体処理の必要もなければ、殺す罪悪感もない。
自分で自分の首を絞めるとは、まさにこの事だ。
まぁ、おかげで治安のいい街ができあがったわけだから、よかったのだろう。
「ふむ……。では、次からは人は喰らわず残すこととしよう。嫌なら嫌と言ってくれれば、喰わなかったものを。人とはおかしな生き物だ」
「これまで、抵抗した人はいなかったのですか?」
「おらぬ。皆、手を組み、膝をつき、祈っておったから、食べられたいのだと思っていた」
それもそうか。
虹色の形容し難い生き物を目にすれば、誰もが神だと思うだろう。
特に、この街の人達は神がいると信じて幼い頃から生きてきたのだから、その神を実際に目の前にすれば、祈る以外のことができるわけがないのだ。
「ぅわああぁあ!!!」
「ん?どうしたの?頭はもう痛くないでしょ?」
「腹が減ったと言っているようだ」
「何を言っているかわかるんですか?」
「正確にはわからんが、だいたいならな」
そういえば、朝に授乳をしてから3、4時間ほど経っている。
まだ2回食なので、昼はしっかりと授乳をしなければならない。
「すみません。少し授乳しますね」
森の隅へ行き、胡座をかいて座る。
アキナを胸に抱き、授乳ケープを出して被せるが、手足をバタバタさせて抵抗された。
アキナは授乳ケープが嫌いなのだ。
「ほら、お腹空いたんでしょ?どうぞ」
「ぅうー」
「痛っ!噛んじゃダメって言ってるでしょ!?」
「ぅわぁあああ!!」
最近、授乳時に気に食わないことがあると、わざと噛んでくる。
まだ下の歯しか生えていないのでマシだが、上の歯が生えてきたら出血ものだ。
「その布が嫌なのだろう?外せばいいではないか」
「でも……」
「乳飲み子に乳をやることの何が恥ずかしいのだ?」
「うーーん、まぁ、確かに……」
考えてみれば、ここに人はいないのだ。
いるのは、この森の主だけ。
なんだかバカバカしくなり、授乳ケープを外して授乳することにした。
「ぅわーぅ。っくっくっく」
授乳ケープを外すと、満足したように乳を飲み始めた。
飲む時に「くっ」と喉を鳴らして真剣に飲む姿が本当に愛おしい。
しばらくすると、満足したのかそのまま眠り始めた。
「お前も腹が減っているだろう。果物を持ってきてやるから待っておれ」
「ありがとうございます」
「今日はここに泊まるといい。明日には出口まで案内しよう」
森の主はそう言うと、森の奥へと消えていった。
爽やかな風だけが残っている。
森の主の帰りを待つ間、眠るアキナを胸に抱きながら、目を瞑り、心地よい風を堪能した。
更新が遅くなりました。
3月は週に1回の更新とします。
慣らし保育が始まったらもう少し頻度をあげたいと思っていますのでよろしくお願いします。