8話 蜂の話
雪が降り始めて、いよいよ寒さが絶頂になったんだと考えながら玄関を開ける。
そこには冷え切った外気など知らぬように、暖かい空気が漂っていた。
靴を適当に脱いで部屋に上がれば、「おかえりなさい」と言う少女の声がキッチンから聞こえてくる。
常のように無視して自室に入っても、そこは変わらず温かかった。
適当に部屋着に着替えて自室から出れば、すでにテーブルの上には夕飯が並んでいた。
「…………お前、どこからこの金が出てんだ?」
流石に俺も気になってきた。
俺は一切金を渡してないし、この少女は本人が「まだ働けない」とすでに言っていた。
毎日夜にはコメとおかずが出てくるし、昼には握り飯を置いていくようになった。
いい加減、どこからそんな金が出てくるのか気になった。
「……えっと、ゆかりさんが」
そう言いかけて、少女は言葉を詰まらせた。
ゆかり、というのが誰かは知らないが、まさか援助してくる人間がいたのか?
そんなことするぐらいなら引き取ってやればいいものを。
「……あの、前の、私の保護者で、ゆかりさん。その人から頂いていた……お小遣い、を貯めていたので。そこから」
何故か変なところで詰まったり躊躇ったりする少女に疑問を抱いたが、俺の問いに答える気はあるようなのでそれ以上は気にしないことにした。
春まで足りるのか、そう聞けば「この調子なら」と返ってきた。
どうやら考えなしではないらしい。
飯を買う金が浮いたから、俺は逆に余るようになっていた。
貯金、というのも柄じゃない。だがまだ底の知れぬ少女に預けようとは発想すらない。
最近は日中の仕事が増えたから、夜に比べればかかる費用も減った。
スーパーも空いている時間だから、物珍しさに覗いてみれば安くて旨そうなものも見つけられる。
飲み物なんかも、スーパーで買うことが以前にも増してきている。
特に無人レジなんかは、人と関わることもなくのんびり会計できるから楽だ。
買い物をするんだったらスーパーが開いてる時間に限る。
だが、レジ袋を買って帰ると怒られる。
ぐちぐち言われることはないが、俺の上着に折りたためる袋を忍ばそうとしてくる。
重くなって迷惑だと言えば今度は使い捨てのレジ袋を突っ込んでくる。ゴミに等しい。
仕事帰りにスーパーに寄って時間をつぶすことが増えれば、「帰りに卵売ってたら買ってきてください」と言われるようになった。面倒くさい。
そのまま忘れて帰れば「……やっぱり」とこぼされた。
癪に触って次の日に買って帰れば「昨日は安い日だったから買えたら買ってきてほしかっただけです」と言われた。
「安い日は一人一パック限定なので。私も毎日学校の後一度家に帰ってから買い物に行ってるんですが、安い時に買っておいた方がいいかと思って」
この少女はめんどくさいことを好むが効率は良い。
そんなに卵を買ってどうすると文句を言えば「豪華なふわとろオムレツが作れます。たまには安く贅沢した方が楽しいでしょう?」と即座に返された。
どうやら、俺が忘れずに買って来たらそうするつもりだったらしい。
安く贅沢とはおかしな日本語だと思った。