4話 録の話
ガタン、バシャッ
ある日、ようやく慣れてきた夕飯の時間にキッチンから物音がした。
一瞬床が振動したのもわかり、仕方なしに腰を上げてキッチンを覗けば。
カララン、と銀の大きな器が床に落ちて回っていた。白っぽい粉が少女の足元に散らばり、少女は調理場に向き合ったまま動かない。
気配を感じたんだろう。小さな声で「ごめんなさい」と謝るのも聞こえた。
それでも、少女はその姿勢を崩さない。
こちらを振り向こうともしない。
そこに、違和感を感じた。
ここ最近小奇麗になったキッチンの床がまた汚れているというのに、片付けようとすらしない。
「…………ぉい」
俺が声をかけても、反応がない。
近寄りもう一度強く「おい」と聞いても答えない。
ピチャン
そこで、不思議と水の垂れる音が一つ耳に入った。
ピチャン……、ピチョン、ピチョン。
一定のリズムで落ちる水の音に、水道をだしっぱにしているのかと疑った。
「おいっ」
何度問いかけてもモノも言わない少女に、苛立ちを覚えながら手を伸ばせば。
ピッチャン
その一滴が、床に垂れる瞬間が目には入った。
視線を向ければ、そこには赤い水滴が垂れていた。
俺が無意識に動かぬように強くその肩を抑え、その手元を後ろから覗き込めば。
赤い直線が左手の手のひらから手首まで一本、引かれていた。
そして腕を伝い、赤い水滴がまた地に落ちた瞬間が目に入った。
戸惑っているのか、何を考えているかはわからないが少女もまた一切動かなかった。
どうしたらいいのか、一瞬の迷いが俺の頭に生じた。
ひとまず少女が手にしたままの刃物を取り上げ、ケガをしていない方の腕を引き玄関まで連れ出した。
靴を履くように指示しても動かず呆然とした少女に、俺は肩を無理やり引いて靴も履かせぬまま外に連れ出した。
特に何を考えていたわけではない。
ただ応急処置など自分でやったこともないことを、見ず知らずの少女に施そうなど思わなかっただけだ。
そのまま近くの医者の所まで連れて行けば、看護師が対応してくれた。
何針か縫ったらしいことは治療が終わった後に聞いた。