3話 惨の話
『────あなたは、私が好きよね』
『…………?急にどうした?』
突然、恋人が今更のことを口にする。
つい先ほどまで、互いにしがみ付いてその快楽を味わっていたというのに。
突然、まるで俯瞰したようにそんなことを言ってきた。
『私も、あなたが好きよ。大好き。あなたの全部が、欲しいくらい』
『……俺もだよ』
彼女の言葉に、俺は頷いた。
俺も、君の全部が欲しい。
君がいるだけで、全部に満足できる。
君がいれば、ほかには何もいらないと思うほどに。
この場では口にしなくとも、きっと彼女にはすべて伝わっている。
だって、彼女はいつだって俺をわかってくれるから。
初めて会った時から、彼女はずっと俺を理解してくれるから。
言わなくたって、伝わっていると。
そう確信していた。
彼女なら、わかってくれると。
『…………そっか』
何故か、寂しそうにそう一言、彼女は呟いた。
伏せたまつげは少しだけ震えているように見えた。
声も普段より幾ばくか掠れていた。
その瞳の先が、何もない場所に向いていた。
彼女の言葉に頷いたのは俺なのに、彼女は俺に視線を向けることはなった。
どうして?なんで?
こんなに近くにいて、こんなに互いに愛し合っているのに。
どうして、君はそんなに泣きそうなんだ?
合わない視線が、苛立たしかった。
それと同時に、あまりのわけのわからなさに俺自身も驚いているのか。
彼女の表情が、ただ心底に不思議だった。
いつか、彼女は言っていた。
『私たちは、片思いなんだね』
その意味は、今でも分からない。