95.お友達という言葉
「アジェラ、そっちの換金は?」
「はい。終わりました。リレイヌ様と睦月様の倒した魔物、結構いい値したみたいでたんまりです」
そう言いへらりと笑うアジェラにリレイヌは沈黙。小さく笑って「そっか」を返した。そうして困ったような顔をする彼女。アジェラは不思議そうにリレイヌのことを振り返る。
「どうかなさいましたか?」
「え、あ、うん……なんでも……」
なんでもないと、そう言おうとした彼女の背後。音をたててやさぐれた男たちが現れる。彼らはジロリと振り返るリレイヌたちを見下ろすと、ニタリと、口端を上げて笑った。
アジェラが短い悲鳴をあげ、リレイヌが強ばった顔で一歩後ずさる。
「ハッハッ! こりゃあ、可愛いお嬢ちゃんとお坊ちゃんだなぁ!」
「こぉんなところで子供ふたりで何してんだ? ん? おじさん達に教えてくれねえかなぁ?」
ゲラゲラ、ギャハギャハ。
笑う男たちが手を伸ばし、リレイヌの小さな肩に触れた。そうして撫でるように彼女の肩の上に乗った手を移動させる。
「なぁ、かわい子ちゃん。おじさんたちと遊ばない? 今なら、痛くなぁいように、優しくしてやっからさぁ」
「……」
無言で男の手を叩き落としたリレイヌは、そこで「行こう」とアジェラを見た。アジェラはそれにビクリと肩を跳ねさせると、怖々としながら男たちを振り返る。
「おい待てやガキ」
男たちの中でも、やけに筋肉質な輩が言った。睨むように無表情のリレイヌを見下げる彼は、ゴキリ、ゴキリと首を鳴らすと、深く息を吐いて顔を上げる。
「ちぃとばかし可愛いからってよぉ。調子乗ってんじゃねえぞお嬢ちゃん」
「そ、そーだそーだ! 痛い目みせるぞ!」
「ボス怒らせたら知らねえぞ!? お前なんてボッロボロになるんだからなッ!!」
「……」
ふふ、とリレイヌは笑った。どこか可笑しそうな彼女の様子に、男たちは「何笑ってんだよ!!」と怒鳴り声を張り上げる。
それすら笑いの種だと、クスクス笑う少女は、やがて満足して顔を上げた。ひどく冷めた、透き通る青の瞳が、男たちの中に恐怖という感情を植え付ける。
「全く──弱い犬ほどよく吠えるね」
クスリと、少女が告げたその直後だ。
凄まじい轟音と共に、上空に雷雲が発生した。ソレはゆっくりとその範囲を広げると、やがて耳に痛い音をたてて眩い閃光を走らせる。
「魔法……いや、これは……」
筋肉質な男がボヤく。驚いたように空を見上げるその姿を視界、リレイヌはそっと手を下へ。弱く振り下ろしたそれに呼応するように、ひとつの稲妻が線を引いて男たちに突き刺さった。
「ギョエエエエ!!??」
上がる悲鳴。
「た、たすけてくれ! 頼む! なんでもするからよォ!!」
求められる助け。
彼女はそれを受け、にこりと笑って「いいよ」を告げた。助けてやると、暗にそう言った彼女に涙し平伏する大の大人たちを眺め、アジェラはひとり拳を握る。
そうして俯くアジェラを背に、リレイヌはそっと眉尻を下げた。彼女だからこそわかる、彼の本音。それに何かを言おうとする、それより前に、耳障りな発砲音が周囲に響いた。驚き振り返るふたりの視線の先、筋肉質な男が銃を片手、ニタニタと笑っているのがわかる。
「みつけた……ついに見つけたぜェ……」
男は言って、狂ったような目を彼女に向けた。
「テメェだな? テメェが、アガラだな? かの龍神、アガラ・セラフィーユだなァ!!」
叫び、銃の先をまだ幼き少女に向ける男。それに咄嗟に魔法を展開しようとしたリレイヌの背後、「ちがいますっ!!」と声が上がる。
「この方はアガラ・セラフィーユなんかじゃない!! 誰よりも優しくて、誰よりも聡明で、誰よりも人の心に寄り添ってくださる……そんな、そんな!! ぼくの……僕たちのとってもステキなお友達ですっ!!」
「……アジェラ」
「リレイヌ様を、あんなむちゃくちゃな方と一緒にしないでくださいっ!!」
ゴオッ!!、と、大火力の炎柱がいくつも上がった。それに「ギャッ」と短い悲鳴を上げた男たちが、青ざめ抱き合いガタガタと震える。
リレイヌはそんな彼らをよそ、そっと、アジェラを呼んだ。不安そうに、少しばかり、悲しそうに。
アジェラはそんなリレイヌに、「すみません」をひとつ。溢れる涙をグシグシと拭いながら、顔を上げ、しっかりと彼女の姿を視界に映す。
「ぼくが……ぼく、弱くて、泣き虫で、情けなくて……でも、でも! 僕、リレイヌ様と、これからも仲良くしたくてっ! でもでも、あの研究所でみた真実を見てしまったら、どうすればいいかわかんなくて、弱い僕だと、リレイヌ様の負担になるんじゃないかと、そう思って……っ」
「……」
「アジェラ」と、リレイヌは彼を呼んだ。
「はい」と、返事を返す彼に、彼女はそっと問いかける。
怨んでないのか、と。
「え? なぜですか? だってリレイヌ様は悪いことしてませんよね……?」
「う、ん……でも、私のせいで……私のせいで、みんな、巻き込んじゃったから……ほんとなら、みんな今頃、ふつうに……」
「? よくわかりませんが、僕は別にリレイヌ様を怨んではいません。だって、リレイヌ様は悪くないし、それに……ぼ、僕は、リレイヌ様のお友達として、まだ、あなたのそばに居たいですし……」
「……」
ぽろりと、少女の目から涙が溢れた。
それにギョッとするアジェラを視界、リレイヌはクスクス笑い、やがて流れる涙をそのままに、ひどく綺麗に笑ってみせる。
「うん。友達。友達でいたい、私も……」
「あ、はい、その……」
真っ赤な顔でそっと下を向くアジェラは、すぐに顔を上げてへらりと笑った。「お友達でいましょう」と、そう告げる彼に、彼女はにこやかに「うん!」と頷く。
「これからもよろしくね、アジェラ!」
涙ながらに告げられる言葉。
アジェラはヘラヘラ笑いながら「はい!」と大きく頷いていた。




