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死にたがりの神様へ  作者: ヤヤ
第六章 研究施設
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92.優しい手

 パチパチと、薪が燃える音がする。

 そっと目を開けたリレイヌは、いつの間にかけられたのだろう。己にかかる薄い布切れに一度目をやってから、そっと上体を起こしてみせる。


「やあ、おはようリレイヌ」


 声が聞こえた。目をやれば、そこには火の調節をしているアガラがいる。

 音をたてて燃える炎が揺らめくのを視界、リレイヌは視線を周囲へ。眠る皆がいるのをきちんと確認してから、アガラの傍へと静かに寄る。


「アガラ様」


「ん?」


「……どうして、助けてくれたんですか」


 ポツリと落とされた言葉に、アガラは燃える炎を見つめながら一言。「気まぐれ」と答えた。そんなアガラの返答に、リレイヌは萎むように大人しくなっていく。


「……ねえ、リレイヌ。この世界は、キミにはどんな風に見える?」


「……というと?」


「うん。美しい、とか、楽しい、とか、残酷、とか……」


「……」


 リレイヌはそっと瞼を伏せた。視線の先で、揺らめく炎が踊っている。

 無言のリレイヌに、アガラは笑った。笑って、それから「ん」、と小さな袋を手渡す。


「……アガラさま?」


「マシュマロ。嫌い?」


「……食べたことないです」


「なら食べてみるといい。意外といけるよ」


「……」


 無言で袋を見つめるリレイヌに、思うところがあったのだろう。アガラは微笑み、差し出していた袋を引っ込め自分の手元へ。

 パリパリと音をたて開かれた袋の封。そして、そこから取り出されたふたつのマシュマロ。真っ白なそれに竹串を刺し燃え盛る火で炙ると、アガラはひとつをリレイヌへ。そして残ったひとつをパクリと食して見せた。


「ん。美味しい」


「……」


「ほら、食べな。冷めないうちに」


「……」


 リレイヌはそっと竹串を持ち直すと、焼けたマシュマロを口元へ。はむりとかぶりついてから、もくもくと口を動かし、それを嚥下する。


「……美味しい?」


 問われるそれに、小さく頷き手を下ろした。


「……アガラさま」


「なんだい?」


「……どうすれば、私は許されますか」


 しょげるように問われたそれ。たくさんの苦しみを押し殺して問うた彼女に、アガラは沈黙。串に残ったマシュマロを全て口に含むと、それを咀嚼してから上を見る。


「……リレイヌ。一応訊くけど」


「はい」


「……キミが、悪いことをしたことが今まであったかい?」


 純粋なる疑問。

 問われるそれに、リレイヌはこう答える。


「私は……私が産まれてきたことこそ、罪だと思ってます」


「……それはどうして?」


「……私が産まれてきたことにより、いろんな人が傷つきました。私が居ることにより、ひとが不幸になっていきます。現に、睦月も、アジェラもリックも、私のせいで研究所に追いやられました。生贄に、なりました」


「……」


「私のせいで、たくさん、みんな傷つきます……」


 落ち込むように下を向くリレイヌに、アガラは口を開きかけ、それを閉ざした。

 きっと、今のこの子にはどんな言葉も救いにはならないと、そう思ったからだ。


 アガラは揺らめく炎を眼下、無言でリレイヌの頭に手を伸ばした。伸ばして、そして、そっとそれを引っこめる。


「……キミは、産まれてきたことを後悔してるのかい?」


 静かな問いかけ。


「……」


 答えのない沈黙に、アガラは何も言わずに目を伏せた。


「ねえ、リレイヌ」


「……はい」


「……私は、思うんだ。きっと、この世界はなによりも残酷で、そして、明るく楽しいものだ、って……」


 今が辛くとも、きっと笑える時が来る。

 だから、前を向いて進もう。


「大丈夫。キミは絶対に、幸せになれるから……」


 今度こそ、小さな少女の頭を撫でたアガラの手。優しいその手に俯くリレイヌは、ただ一度。こくりと小さく頷いた。

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