92.優しい手
パチパチと、薪が燃える音がする。
そっと目を開けたリレイヌは、いつの間にかけられたのだろう。己にかかる薄い布切れに一度目をやってから、そっと上体を起こしてみせる。
「やあ、おはようリレイヌ」
声が聞こえた。目をやれば、そこには火の調節をしているアガラがいる。
音をたてて燃える炎が揺らめくのを視界、リレイヌは視線を周囲へ。眠る皆がいるのをきちんと確認してから、アガラの傍へと静かに寄る。
「アガラ様」
「ん?」
「……どうして、助けてくれたんですか」
ポツリと落とされた言葉に、アガラは燃える炎を見つめながら一言。「気まぐれ」と答えた。そんなアガラの返答に、リレイヌは萎むように大人しくなっていく。
「……ねえ、リレイヌ。この世界は、キミにはどんな風に見える?」
「……というと?」
「うん。美しい、とか、楽しい、とか、残酷、とか……」
「……」
リレイヌはそっと瞼を伏せた。視線の先で、揺らめく炎が踊っている。
無言のリレイヌに、アガラは笑った。笑って、それから「ん」、と小さな袋を手渡す。
「……アガラさま?」
「マシュマロ。嫌い?」
「……食べたことないです」
「なら食べてみるといい。意外といけるよ」
「……」
無言で袋を見つめるリレイヌに、思うところがあったのだろう。アガラは微笑み、差し出していた袋を引っ込め自分の手元へ。
パリパリと音をたて開かれた袋の封。そして、そこから取り出されたふたつのマシュマロ。真っ白なそれに竹串を刺し燃え盛る火で炙ると、アガラはひとつをリレイヌへ。そして残ったひとつをパクリと食して見せた。
「ん。美味しい」
「……」
「ほら、食べな。冷めないうちに」
「……」
リレイヌはそっと竹串を持ち直すと、焼けたマシュマロを口元へ。はむりとかぶりついてから、もくもくと口を動かし、それを嚥下する。
「……美味しい?」
問われるそれに、小さく頷き手を下ろした。
「……アガラさま」
「なんだい?」
「……どうすれば、私は許されますか」
しょげるように問われたそれ。たくさんの苦しみを押し殺して問うた彼女に、アガラは沈黙。串に残ったマシュマロを全て口に含むと、それを咀嚼してから上を見る。
「……リレイヌ。一応訊くけど」
「はい」
「……キミが、悪いことをしたことが今まであったかい?」
純粋なる疑問。
問われるそれに、リレイヌはこう答える。
「私は……私が産まれてきたことこそ、罪だと思ってます」
「……それはどうして?」
「……私が産まれてきたことにより、いろんな人が傷つきました。私が居ることにより、ひとが不幸になっていきます。現に、睦月も、アジェラもリックも、私のせいで研究所に追いやられました。生贄に、なりました」
「……」
「私のせいで、たくさん、みんな傷つきます……」
落ち込むように下を向くリレイヌに、アガラは口を開きかけ、それを閉ざした。
きっと、今のこの子にはどんな言葉も救いにはならないと、そう思ったからだ。
アガラは揺らめく炎を眼下、無言でリレイヌの頭に手を伸ばした。伸ばして、そして、そっとそれを引っこめる。
「……キミは、産まれてきたことを後悔してるのかい?」
静かな問いかけ。
「……」
答えのない沈黙に、アガラは何も言わずに目を伏せた。
「ねえ、リレイヌ」
「……はい」
「……私は、思うんだ。きっと、この世界はなによりも残酷で、そして、明るく楽しいものだ、って……」
今が辛くとも、きっと笑える時が来る。
だから、前を向いて進もう。
「大丈夫。キミは絶対に、幸せになれるから……」
今度こそ、小さな少女の頭を撫でたアガラの手。優しいその手に俯くリレイヌは、ただ一度。こくりと小さく頷いた。




