71.相談と了承
夜闇を月明かりが照らしていた。
チキチキと聞こえるなんらかの生物の声を耳に、外に配置された簡易的な椅子に腰掛けたローゼンは、小さな子供たちに着席を促してから、一呼吸置いて空を見上げる。
暗がりの中に点々と浮かぶ星々が美しい夜空。なにかを懐かしむように目を細めたローゼンに、「それで?」とリオルは言葉を促す。
「話とはなんでしょう?」
「……そうですな」
一呼吸置いて、ローゼンは話し出した。
「シェレイザ家がどうなのかは分かりかねますが、我がリピト家は現在、多くの施設に多額の支援をさせていただいております」
「支援……?」
「はい。その中でもかなりの額を投資しているのが、地下世界-アンダーグラウンド-。それを調べるための施設です」
睦月、リレイヌ、アジェラが首を傾げ、リオルとリックが目を見開いた。地下世界-アンダーグラウンド-、その名前には聞き覚えがあったのだ。
「地下世界って……あれは御伽噺ではないのですか!?」
「残念ながら、そうではありませぬ」
「まさか……じゃあ、地下には本当に、地底人が……?」
動揺するリオルとリック。
残された3名は互いに顔を見合せながら首を傾げる。
「あー、なんの話し?」
睦月が問うた。
それに、ハッとした様子でリオルが答える。
「あ、ああ、ごめんごめん。分からないよね。説明するよ。──この世界の地下には、また別の世界が広がっていると、ある御伽噺に書かれているんだ。その名も地下世界-アンダーグラウンド-」
「その地下世界には地底人と呼ばれる者らが住みつき、生活していると聞く。太陽光も当たらぬような、エネルギーの欠如した寂れた場所で、だ」
「一体どうやって……?」
「……御伽噺に出てくる言い伝え曰く、地下にはなんらかのエネルギーの源があり、それはかなり高密度なものらしい。それが手に入れば地上はより発展したものになるという話だが……真実は分かり兼ねる」
「ほ、ほへ〜」
壮大な話だと、アジェラが頷く。分かっているのかいないのか、こくこくと何度も首を縦に振るアジェラにリオルは苦笑をこぼした。
「そう。その地下世界こそ、とある施設が研究しているもの……」
「それと私たちへの話と、なんの関係が?」
「……なに、施設から要望がありましてな。魔導という特殊な力を調べたいので、今回それを使用出来るようになった子らに協力してほしい、と……」
「……え?」
リオルが瞠目。驚きに言葉を零した彼の代わりに、睦月が「リレイヌたちを貸せってか?」と眉を寄せる。
「貸せというよりは、協力を申し出ているだけですな。もちろん、悪いようにはいたしません」
「はん、そんなの誰が信用できるか」
「ならば君も同席してはどうだろうか? 聞くに君は人狼。特殊な人間だ。施設の……なによりこの世界の未来のより良い発展のため、君の力も貸してもらえると大変に有り難いのだが……」
「だぁれが!」
「ふむ、いいですよ」
「んな!? リオル!!」
吠えた睦月にリオルは笑う。「まあまあ」と怒れる人狼を止めたリオルは、そのまま彼の肩に腕を回すと、そっと囁き声を口にする。
「いいかい、睦月。これはチャンスだ。リピト家と未来永劫仲良く手を取り合うためのチャンス。これによって、リレイヌをさらなる危険から遠ざけられるかもしれない」
「……ほんとに?」
「うん。それに、施設への協力を受ければ、もしかすると地下世界の謎に近づけるかも……未知のエネルギーをガッポリ儲けるためにも、力貸してくれるね? 相棒」
「……」
ムスッとした顔をひとつ。睦月はリオルから離れると、すぐに腕を組んで「良いだろう」を一言。「ただし」と無表情にリックを指さす。
「コイツも同伴な」
「な!?」
「それはもちろん」
「お、叔父上!? 良いのですか!? 僕はリピト家現当主ですよ!?」
「構いませんとも。現状の維持か、はたまた明るい未来への投資か。……選ぶことも、時として大事だとは思いませぬか?」
「……っ」
震える拳を握ったリックは、そこで深く息を吐く。そうして己を落ち着かせると、スっと顔を上げこくりと頷いた。
「……わかりました。世界のよりよい未来のために、施設への協力を致します」
「ご理解いただけてなによりです」
笑うローゼン。その目が一瞬ほの暗くなったのを、リレイヌは不思議そうに見つめ、やがてパチリと目を瞬く。どうしたのだろう。疑問に思う彼女であるが、結局何も言うことはなく、ローゼンとリオルにより進む話にただ流されるまま頷いた。
「ほ、ほんとに行くんですかね、僕たち。その施設に……」
アジェラがこそりとリレイヌに問う。
「ん? うん、そうだね……」
頷くリレイヌはまだ知らない。
地下世界に眠る、とある人物のことを──……。




