70.話の誘い
「わぁ、マジでやったよアイツ」
ケラケラと、笑うリオルの傍。リレイヌは「ふたり仲悪いの?」と不思議そうに問うた。それに、アジェラが「仲が悪いというよりは……」と困ったような顔をする。
彼らの恋情がわかる者からすると、分かりやすいといえば分かりやすい取っ組み合い。しかし、恋情を向けられている当の本人が何もわかっていないため、果たしてこの戦いに意味はあるのだろうかと、アジェラは思う。
「まあ、こういうの、恋には付き物だよね」
「こい?」
「リレイヌにはまだ早いから知らなくていいよ」
「ほう?」
頷く彼女に微笑み、「さて」とリオル。衣服の襟元を正してホールの真ん中へ向かい足を踏み出した彼に、リレイヌとアジェラは顔を見合せついていく。
「──こんばんは、ローゼン様」
「む? おや、お主は確かシェレイザの……」
「リオルと申します。いやぁ、ウチの従者が失礼いたしました」
「従者? ああ、もしやこの少年はシェレイザの?」
「はい。私の従者……というよりは、護衛ですかね」
「なるほど。どうりで強いわけだ」
カラカラと笑ったローゼン。そのまま下を向くリックを一瞥した彼は、すぐに視線を戻すとぐるりと小さな子供たちを見回し目を細める。その視線は、まるで蛇のよう。なにかを確認するようなそれに、リレイヌはひそりと眉を顰める。
「……時に、シェレイザ様」
「はい」
「少し話がしたいので、時間をもらっても良いですかな? なあに、すぐ終わる話ですので、ここに居る者たちも皆居てくれて構いません」
「……」
リオルはちらりと睦月を見て、リレイヌを見て、アジェラを見て、最後にリックを見た。そして、少し考えてから、彼はこくりと頷いてみせる。
それは、ローゼンの誘いに対する承諾。
ローゼンは返ってきた答えに笑うと、「ではこちらに」と歩き出す。促されるまま、リオルは彼の後を追いかけた。そして、睦月たちも静かにその後を追っていく。
「……リック」
「……行くよ」
ふい、と顔を逸らしたリックも続き、残されたリレイヌは不安そうな表情で己の手を握り合わせ、コツコツと靴音を鳴らして彼らの後を追いかけた。
広いホールから、皆が出ていく。
その小さな小さな後ろ姿を見つめるシアナは、そっと嘆息。悲しげに瞼を伏せると、手にしたワイングラスを静かに呷った。




