67.ホールにて
きらびやかな装飾品がキラキラと輝いている。そんな広々とした屋内……。
高い天井と磨き抜かれた床が目を引くそこは、ひどく賑やかで、そしてたくさんの人で溢れていた。
やけに着飾った貴族や令嬢で溢れているその空間に一度視線を向け、リレイヌは並べられたテーブルと、それに乗せられた料理たちに目を向けてから「おお!」と一言。目を輝かせる。
それは隣にいるアジェラも同じで、彼も「はわわ!」と震えながらテーブルの上の豪勢な食事に注目した。
「アジェラー。あんまり食べすぎたらよくないからね〜?」
「わ! わかっております……」
「なんでちょっと残念そうなの……」
苦笑するリオル。
彼は「睦月もだぞ」と隣を振り返り、沈黙。そこに誰も存在しないことににこりと笑むと、すぐに会場に視線を移した。
「アイツどこ行った!?」
「奴ならウチのシェフが作った料理を端から端まで食べ尽くそうとしてるぞ」
「睦月─────ッ!!」
ダッと走り出したリオルに、アジェラが「リオル様!?」とその名を呼び、慌てた様子で後を追いかけていく。その姿に呆れたように嘆息したリックは、己の傍らでソワソワとするリレイヌをみて沈黙。少し考え、「君も食べる?」と提案した。
リレイヌはリックの提案にバッと振り返り、「い、いいの……?」と恐る恐る問いかける。それはまるで叱られるのを恐れる子供のようで、自然とリックは笑ってしまった。
「いいよ、好きなだけ食べな」
「ほ!? い、いやまって。がっつくのはレディとしては宜しくない事だって習った……」
「シアナ様から?」
「いや、ママから……」
「ママ……」
誰だママ、と思考するリック。
と、そこに「こんばんは」と柔らかな声が降りかかった。顔を向ければ、そこには笑みを携えた美しい女性がひとり。淡い紺色のドレスを纏う彼女は、片手にワインの入ったグラスを持ち、それにそっと口をつけてにこやかに笑っている。
「母様!」
「あら、リレイヌ。おめかししたの? 可愛いわねぇ〜」
ほわほわと笑い、彼女は近場にいたウエイターに空になったワイングラスを預けると、空いた手でリレイヌのことを撫で回した。リレイヌはそれににぱっと笑うと、「母様何してたの?」と純粋なる疑問を口にした。訊ねられたそれに、シアナは笑って「お酒をね。飲んでたの」と一言。リックをみてニコリと笑う。
「それにしても、また大きく出たわね、リックくん」
「な、何のことでしょうか……」
「あら? この場で惚けるような子にこの子のことは預けられないわねぇ。さて、どうしましょうか……」
「お! ……大きく出たのは、確かにそうだと思います」
諦めたのか、ポツリと零したリック。
彼は傍らにいるリレイヌの手をそっと掴むと、不思議そうな彼女にちらりと目を向け、それから改めてとシアナをみた。
「僕には、その……正直言うと、神族の──彼女の守り方がわかりません。僕は他の人より弱いし、頭も回らない。ただ、あの時……あの処刑場で思ったんです。リピトの名とシェレイザの名があれば、ある程度の悪意からはきっと、彼女を守れると……」
「……」
シアナは微笑み、その場でそっと膝を折る。そして、言う。
「リレイヌのこと、すき?」
「そ! れは、その……」
狼狽えたような声を零しながら、徐々に俯いていくリック。耳まで赤くなって下を向く彼を前、シアナは柔らかく微笑むと視線をリレイヌへ。不思議そうにリックの名を呼ぶ彼女に、小さく、瞼を伏せる。
知っている。
ここから始まる絶望を。
知っている。
いつかきっと、この愛しい子が自らの死を望むことを。
望んでいる。
それでもいつか、きっと、皆が笑って生き抜いてくれることを。
「……リレイヌ」
「ん?」
くるりと振り返る愛娘を優しく撫で、その母たる神はこう言った。
「……きっと、未来は明るい。そうでしょう?」
「? うん!」
「ふふ、なら、今日はめいっぱい楽しみましょう。アナタと、アナタの未来の旦那様のために……ね?」
にっこり。
微笑むシアナに、リレイヌは「ほう?」と一言。隣で煙をあげるリックを見て、不思議そうに首を傾げた。




