54.眠気と約束
「……リック、大丈夫そう?」
あの後、リックを背負い、龍の墓場まで戻ったリレイヌ。傍らで心配そうに覗き込んでくるウンディーネを尻目、彼女はソファーに座るリックにそっと問いかけた。リックはそれに、「うん」と短く頷く。
「大丈夫。そこまで心配してもらう程じゃない」
「でも……」
「ほんとに、大丈夫だから」
そう言い笑うリックの頭上に影がかかった。不思議に思い顔を上げれば、頭の上に雲がいる。
ふわふわとした形のそれは謎に手を生やしており、その手には紅茶セットの乗ったトレーが持たれていた。
目を瞬くリックに、雲が静かにトレーを差し出す。
「リックくん、それ、飲むといいわ」
トレーを差し出してくる雲を凝視するリックに、その姿を眺めるシアナが言った。柔らかに微笑む彼女は、戸惑うリックにこう告げる。
「それを飲んで、今日はたっぷり休みなさい。布団は用意するから、ね?」
「え、でも……さすがに、それは……」
「今ここにいるアナタは、リピト家の当主じゃない。ただの小さな男の子。リレイヌのお友達の、ただの、普通の、男の子よ」
「……」
リックはそっと手を伸ばした。そして、雲の持つトレーから紅茶の入ったカップとソーサーを受け取ると、静かな動作でカップの縁に口をつける。
──あたたかい。
仄かに香る花の香りが心地よく、紅茶のあたたかさもあってか、すぐに彼の肩からは力が抜けた。そして、そのままうとうとと船を漕ぎ出す彼の様子に、シアナはやわりと微笑みリレイヌを見る。
「リレイヌ。布団を用意してあげてくれる?」
「あ、うん!」
頷き、パタパタと駆けていく小さな少女。その後ろ姿を見届け、シアナはリックの傍へ。必死に睡魔と格闘する彼の頭に、優しく片手を置いてみせる。
「……守ってあげて」
零れたのは、懇願。
「きっと……いいえ、絶対的に、この先みんなは苦しくなる。でも、それでも、アナタたちは大丈夫だから。互いに互いを思いやれるアナタたちなら、大丈夫だから。だから、お願い。どうか守ってあげて。アナタには、それが出来ると思うの」
「……まもる……」
カチャン、と音がし、いつの間にかリックの手より引き抜かれたカップとソーサーが浮かぶ雲の手により机に置かれた。リックはリックで限界が来たらしく、スヤスヤとソファーの背もたれに寄りかかり静かな寝息を立てている。
シアナはそんな彼の様子に微笑み、彼を抱えた。腕の中に収まる、まだまだ小さな彼を一度見下げ、彼女は二階へ。丁度布団を用意し終えたリレイヌに声をかけ、敷かれたその上にリックを寝かせる。
「……大丈夫かな」
不安そうな一言。
「ええ、きっと大丈夫」
微笑むシアナは、されど、少しばかり悲しげで、リレイヌはそれに不思議そうに目を瞬いてから、そっと目をそらすのだった。




