121.重なる影
「なー、リレイヌ。お前、地上に戻れたら何したい?」
地下世界の、その隅っこ。ぼんやりと空に浮かぶ目を見つめていると、ふと問いかけられた疑問。
疑問を口にした張本人である睦月を見れば、その場に寝転がった状態の彼はリレイヌと同じように上空を見つめていた。
「何したい、って……」
「やりたいことあんだろ? 例えばほら、あー……美味いもん食いたいとか」
「まあ、それは確かにあるかもだけど……」
そう言う睦月は?、と問いかけるリレイヌに、彼はチラリと視線を向けて言った。
「お前と結婚したい」
「エッ」
「ドレス似合うと思うんだよなぁ〜、ウエディングのやつ。あ、でも和装も似合うかもな。でもドレスもやっぱ捨てがたいよなぁ……うーん……どっちがいい?」
真剣に訊ねてくる睦月をポカンと見つめ、リレイヌは暫く停止。していたかと思えば、ジワジワと顔を赤くしながら「な、何言ってるの!?」と声を荒らげる。
睦月は「にしし」と笑った。そして、「本音だから」と、そう告げる。
「前言ったろ? リレイヌのことが好きだ、って。だから、地上に戻れる日が来たら、リオルのやつ働かせてデッケェ結婚式挙げたいなって思ってるわけ」
「そ、それは、でも……」
「俺の事嫌い?」
「そ! んなことはないけども……っ」
「んじゃ好き?」
「すっ!!??」
真っ赤になって狼狽えるリレイヌに、睦月は優しく笑って「俺はリレイヌのことすんごい好き」と無邪気に言った。その明るい笑みに魅せられるように、リレイヌは大きく見開いた瞳をゆっくりと下げていく。
「……わ、私は、でも……」
「……ゆっくりで良い。俺、待つの得意だし」
「……」
口を閉ざして手を握る。そうして俯く彼女の髪を、衣服を、どこからともなく吹いてきた風が静かに揺らした。それはまるで彼女の背を後押しするようで、勇気づけるようで、彼女はゆっくりと口を開き、そして──……
◇◇◇
「……おっと、目が覚めたか?」
うすらと開いた視界の中、ぼやけたそれに写り込んだ茶色と金色。うまく焦点が合わず思わず目元を細めれば、「なにその顔」と誰かは言った。心底おかしいと言いたげなその声は、よく耳に馴染んだ友人の声だ。
「リック……?」
リレイヌは静かに友人を呼ぶ。それに、友人・リックは「うん」と頷くと、寝ぼけ眼のリレイヌの長い髪を、一房そっと手に取った。
「聞いたよ。三日三晩寝ずに魔法を使い続けたんだって? キミは全く、無理をするな……」
「……まほう……?」
「おっと、まだ寝惚けてるのか?」
ふわふわと夢見心地の彼女。リックはそっと彼女の髪から手を離すと、ぼんやりしている彼女の頬にそっと触れ、柔く微笑む。
「リレイヌ」
「……うん……?」
「……キミはまだ、死にたいと思ってる?」
「……」
リレイヌはぼんやりとしながら、「うん……」とひとつ、リックの言葉を肯定した。リックはそれに「そうか」と頷くと、彼女の頬から手を離し、掛けたままのベッド縁にて前を見据える。
「……リンちゃん隊長と、アジェラから聞いた。キミが、死にに行こうとしていたと。敵にわざと隙を見せていたと」
「……そう、だね」
「……褒められることではないのは、わかってるな?」
「……」
無言のリレイヌが口を開けて、すぐにそれを閉ざした。そうして目を逸らすように横を向いた彼女に、リックは目を細めて言う。「まるで、死にたがりの神様だな」、と。
「……死にたがりの?」
「死にたがりの神様。昔、子供の頃に読んだ本の中にそんなタイトルの話があった。主人公は小さな神で、神であるが故に死ねないその身が朽ちることを望んでいた、と……」
「……子供が読む内容の本ではないね」
「それは俺も思う」
くすりと笑って、リックは天井を見上げた。懐かしむように瞳を細める彼を、リレイヌはじっと見つめる。
「……好きだったんだ。その話。死ねない神様と、そんな神様に恋をしたヒトの話。……ヒトは輪廻転生を繰り返しながらも絶対に神様に出会い、そして神様と恋をするんだ。そしてやがて、転生を繰り返していたヒトは神へと昇格。神様と共に、永遠を生きることになる」
「……壮大な話だね」
「まあ確かに」
頷くリックは、上体を起こすリレイヌに手を貸してから、そっと彼女の唇に触れた。顔を上げた彼女の、透き通るように美しい青色の瞳が、そんなリックの姿を不思議そうに映している。
「……リック? どうし──」
紡がれる言葉を閉じ込めるように、塞がれる唇。重なる影と影が、少ししてゆっくりと離れていくのを、知る者は誰もいない。
リレイヌが驚いたように目を見開くのを視界、リックは悲しげに笑った。そして、そっと、名残惜しそうに彼女から手を離して立ち上がる。
「好きなんだろ?」
「え……?」
「睦月のこと。地下世界にいた頃から、ずっと目で追ってたの知ってる。あと寝言で三回くらい呼んでた」
「エッ!?」
「お、図星だな?」
カラカラと笑うリックに、リレイヌは赤くなる顔をそのままに「べ、別にそんなんじゃ……!」と言い訳をひとつ。リックはそれにそっと目を伏せると、すぐに顔を上げて綺麗に微笑む。
「応援してる」
「な! なに言って……」
「……皆を呼んで来るよ」
言って、逃げるように部屋を出たリック。そんな彼の背を見送り、リレイヌは困ったように眉尻を下げ、下を向く。
「応援する、って……」
全然そんな顔には見えなかったけど、とリレイヌは指先を口元へ。唇に触れたあたたかさを惜しむように、触れたそこをそっと撫でる。
「……変なの」
ぽつりと一言。
紡いだリレイヌはゆっくりと息を吐き出し視線を窓の外へ。広がる青い空を見つめながら、小さく瞼を伏せていった。




