118.落ちた涙とその願い
「──うん、うん。向こうはきちんと動いているみたいだね。いやぁ、ボクってばなぁんて小賢しいんだろう!」
わいわいきゃっきゃっ
柱の上で立ちながら、べパルは言った。
重力を無視したその立ち姿に思わずと「何アイツ……」を零しながら、アジェラは隣のリレイヌに声をかける。
「さすがにこの屋内で魔導を使いすぎるのは得策ではないと思います。人質もいますし、どう戦いましょう……」
「……そうだね。あまり暴れては人質が可哀想だし、さっさと終わらせてあげようか。恐らく、もうすぐ敵の増援もやって来るだろうしね。外の様子が気がかりだ」
「あー、やっぱりそんな感じです?」
クルクルと手の中で鎖を回し、アジェラは深々と嘆息した。リレイヌはそんなアジェラを隣、刀を構えて軽く腰を落としてみせる。
「やるよ、アジェラ」
「仰せのままに、我らが神よ」
言って、ふたりは駆け出した。
飛ぶような速さで敵に突っ込んだリレイヌが、鋭利な刀を振るいべパルを切り捨てるべく攻撃を仕掛ける。それを難なく避けたべパルの跳んだ先、待ち構えていたアジェラが手にした鎖鎌を振るった。その奇妙とも言える武器の動きに、べパルが顔に浮かべた笑みをさらに歪める。
「キミいいねえ! ホントにいいよ! ボク好きだなぁ、キミみたいなヤツ! 大好きだよホント!」
「すみません。僕は貴方のような方は嫌いです」
「そう言わずに会話しようぜ! 名前はなに? 好きな物は? キミはどうやってそんなに愛情深くなったんだい!?」
「……」
無言で攻撃を止めたアジェラ。彼と入れ替わるようにべパルの懐に飛び込んだリレイヌが、容赦なくその身体を斬りつける。
「いったぁ!!??」
べパルは斬られた腹部から血を流しながら、跳んで後ろに後退した。それを許さぬふたりは、敵が体勢を整える前に総攻撃を仕掛けていく。
「いっ、ひひひ! いいねえ、いいねえ……最高の愛だよキミたちィ!!」
ドン、と重い音が響くと同時、地面が大きく揺れ動いた。かと思えば、防護魔法の範囲外である人質たちの真下から先端の尖った岩が現れ、それは戦いに魅入っていた人質を容赦なく貫くとシュルシュルと地面に戻っていく。
「い、いやぁあああ!!」
人質が叫んだ。リレイヌはそれを視界、「下衆が」と一言。睨むように吐き捨てた彼女に、べパルは陽気に笑い、言う。
「お荷物は邪魔だろ?」
「お前、人の命をなんだと……!」
「そんなの興味ないね! ボクはボクを愛してくれる、強い愛をくれる者の味方なんだ! あんなちっぽけで薄汚れた奴らの命なんて、どうでもいいんだよッ!!」
ドン、とまた音。リレイヌが即座に動き、岩が飛び出す前にそこにいた子供を抱えて跳躍。上手く攻撃を交わし、抱えた子供を床に下ろす。
「お、おねえちゃ……」
「下がってて」
ピシャリと告げて、リレイヌは再び魔法を展開。人質たちの足下までしっかりと防護魔法を広げると、アジェラと戦うべパルを視界に入れる。
「(あのアジェラが若干押されてる……つまり、相手はそれほど手練だということ……)」
愛がなんだと叫びまくるわりに、相当手強い相手。はじめて相見える強者の姿に、リレイヌは自然と顔を強ばらせる。
「ほらほらほらァ!! どうしたのさ!! もっとおくれよ! キミの愛を! キミらの愛を! ボクにおくれよォ!!」
「ぐっ!!」
腹部を蹴られたアジェラが音をたてて床の上へ。武器を手放し転がった彼を援護せんと、リレイヌは立ち上がろうとしてガクリと思わずくずおれる。
ハッとして振り返れば、そこには先程助けた子供。しかしてその目の焦点は合っておらず、思わず目を見開く彼女に、べパルは言った。
「あ、ごめぇん。言い忘れてたけど、ソイツら人質はボクの支配下にあるんだよね。つまり、ボクの愛を受け入れた者たちみぃんな、ボクの味方ってワケ」
「さあ! 続きをやろう!」と叫ぶべパル。その狂気に満ちた笑いに、リレイヌが奥歯を噛んだ──その時だ。
どこからともなく飛んできた銃弾が、べパルの片腕を貫いた。かと思えば、追加で三発程、彼の体に銃弾が撃ち込まれる。
「いやぁ、楽しそうなことしてんじゃん。お兄さんも混ぜてくんない?」
言って、現れたのはリン・デルヘム、その人だ。背に抱えていた銃で軽く肩を叩きながら、彼はにこりと笑って屋内へ。外の喧騒から逃れるように建物内の扉を閉めると、倒れたアジェラを確認。「立てる?」と声をかけ、アジェラはそれに戸惑いながら「は、はい……!」を返す
「っ、てえな……誰だオマエ」
「リンちゃん隊長。そう呼んでくれて構わないよ」
告げて、片手で長身の銃を構えた彼は、そのまま間髪入れずに発砲。一瞬で三発ほどの弾を放つと、空いた片手で腰元のホルダーに入っていた小型の銃を取り出し、ソレをリレイヌへ。投げ渡されたそれを受け取った彼女に、「撃ちな」と一言、ただ告げる。
「う、撃ちな、って……」
「操られた人間は人質でもなんでもない。邪魔になるようなら撃て。これは隊長命令だ」
「ッ、……」
リレイヌは悔しげに顔を歪めると、子供に向かい銃を構えた。子供はそんなリレイヌを見て、その瞳を狂わせながら涙を流す。
「たすけて、おねえちゃん……」
たすけて、と、再び懇願された直後、響く銃声。
舞った赤色が床を汚す中、リレイヌは武器を手にリンの傍へ。震えながら、深く息を吐き出した。




