103.魔導生物
暫くそのまま立ちすくみ、お互い何も言わずに向き合うふたり。悲しげな雰囲気が存分に発されるそこに、突如として地を踏みしめる足音が聞こえてきた。
顔を上げれば、前方になにかの姿が確認できた。それは真っ黒な出で立ちで、フードを頭からすっぽりと被っている。足下にはタコのような触手が幾つか生えており、それはズルズルと音をたてて地面の上を擦れていた。
「あー、はぁ……みつけたぁ……」
何者かが言う。嬉しそうに、ニタニタと笑いながら。
アガラが咄嗟にリレイヌを背後へ押しやり、守るように彼女の前に立った。そうして、睨むように目前に存在する者を見つめる。
「あはっ、なんて美しい……強き者が弱き者を守ろうとする図は本当に良いものだね。見ていて非常に楽しくなってくるよ」
「……貴様は何者だ。なぜこの地にいる。どうやって入ってきた」
「ありゃぁ……質問が多いね。まあ、いいよ。探し物を見つけて超ハッピーだからさ、教えてあげよう」
そう言い、その者は恭しくその場で一礼。きれいに頭を下げると、名を名乗る。
「ぼくはシリウス。地を司るノームの力を用い作られた……あー、キミらの言葉で言う魔導生物だ」
「! 魔導生物……って……」
「おやお嬢さん、知ってるの?」
クスクスと笑い、それは楽し気に目元を細める。冷たく、突き刺さるようなその眼差しに、リレイヌはぶるりと震えた。殺意を向けられたわけでもないのに、体が、脳が、目の前のこの存在を否定しようとしている。その事実に、彼女はただ混乱する。今までそんなことは一度もなかったのに、と……。
「……し、師匠」
リレイヌは思わずアガラを呼んだ。その呼び声に呼応するように、彼女は腰元の鞘から刀を一本、引き抜いてみる。
「おや、やる気かい?」
生物が笑った。
「……まあ、それしか道はないだろうしね」
アガラも小さく笑んで、そう返す。
「あは! 無謀で脆弱な挑戦をありがとう! ぼくは好きだよ。そういう脳みその足りない輩の足掻きってやつが――さッ!!」
「っ!!」
ガキンッ!!
高い音が鳴り響き、アガラの刀に魔導生物の攻撃が落とされた。鋭い爪で刀を押す生物に、それを防いだアガラは眉を寄せて構えた刃の先を振り払う。
「っと!」
軽くよろめいた生物がそのまま地面へ。しゃがみ込み地中に飲み込まれていくその姿に、アガラはすぐさま距離を詰め刀を振るった。しかし、その刃先が敵をとらえる前に、それは地面の中へ。クスクスと周囲に笑い声を響かせながらその存在を隠ぺいする。
「隠れんぼか? 勘弁してくれ。私は探し物は苦手なんだ」
口端をあげ、告げるアガラ。
そんな彼女に「余裕だね」と声は笑う。
「余裕? まさか、これでも焦っているとも」
「そうは見えないなぁ。まるでぼくのやり口がわかっているように、キミからは並々ならぬ自信を感じるよ」
「そうかい? 敵であるキミがそう思うということは――まだ私に勝機があるということだね」
言って、アガラは振り返り、力任せに刀を投げた。その刃の先にはリレイヌがおり、彼女は驚いて身を固める。
そんなリレイヌの前に姿を現した魔導生物は、まるで彼女を守らんとするように飛んできた刀から少女を守った。伸ばした手のひらを貫通し、胸元まで突き刺さる刀の切れに、生物は思わず顔を歪める。
「……やはりね」
アガラは笑い、戸惑うリレイヌを尻目にくずおれる魔導生物の傍へ。苦し気に地に膝をつき眉を寄せるそれを眼下、ひどく余裕をもって笑んで見せる。
「目的はリレイヌだね。見た感じ、無傷での回収を頼まれたようだ」
「……正気かよ。守ってたくせに普通攻撃に転じるか? マジで神様ってのはイカレてんね……」
「キミが必ず守ると確信したからこそそうしただけだよ。別にイカレてはいない」
言って、アガラは「誰の差し金だい?」と問うた。
魔導生物は顔を歪めて口内に溜まった血液を吐き捨て、答える。
「シェレイザ家さ」
「シェレイザ? ああ、三大名家の……なぜそのお家がわざわざリレイヌを?」
「知るわけないだろ。ぼくはただ目標の回収を頼まれただけだ。無傷で連れて来いと、そう言われただけだよ」
「ふむ、なるほどね」
腰に手を当て、アガラはリレイヌを見た。突如出てきたシェレイザの名に戸惑っている彼女は、不安そうに事の成り行きを見つめている。
「……魔導生物くん。頼まれたのはリレイヌの回収だけかい?」
「そこまで言うとでも?」
「そうだねぇ……言ったら引き渡してあげようと思ったんだけど……」
「……生きていたら、共に回収を頼むと言われている連中はいる」
ぶっきらぼうに返した生物。それは胸に突き刺さったままの刀を引き抜くと、それを忌々し気に地面へ放る。
「その連中の名は?」
「あ? 覚えてないよそんなの。ぼくはへったくそな似顔絵見せられただけだし」
「なるほど。オーケー、わかったよ」
「リレイヌ」と、アガラは静かな彼女を呼んだ。
呼ばれた少女は驚きに肩を跳ねさせながら師であるアガラを振り返る。
「潮時だ。みんなを呼んできてくれ」
「し、師匠、あの……」
「大丈夫。それに……お友達に、会いたいだろう?」
「…………」
リレイヌはキュッと口をつぐむと洞窟の方へ。駆けていくその背を見つめ、アガラはそっと、鼻から息を吐き出した。
きっと、これで最期。
そう、自身に言い聞かせながら……。




