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101.成長の先

 それから、幾年もの月日が過ぎた。

 この地下世界で生き抜くにはあまりにも長い時間。けれど、彼・彼女らにとってはそれはとてつもなく早すぎる時間だった。


「おい! 返せこのっ!!」


 今し方換金したばかりの金を盗られた大男が、唾を飛ばしながら布を被った犯人を追いかける。しかし、素早い盗人の動きに次第に距離はあいていくだけ。

 大男は舌を打ち鳴らし、懐から拳銃を取り出した。そして、それを駆ける盗人の背中目掛けて構えてみせる。


「いい加減止まりやが──れッ!?」


 ゴチンッ、と大きな音をたてて大男の股間に何かが直撃した。あまりの痛みに地に伏し転がり回るソレを眼下、新たに現れた布の輩が「フン」と小さく鼻を鳴らす。


「大したことねーな」


「おい、次に行くぞ」


「わぁってるよ。命令すんな」


 踵を返した何者かは、そこでもう一度大男の方に戻ると、再度渾身の力を込めてその股間を蹴り上げた。大男が青ざめ悲痛な顔を浮かべるのにべ、と舌を出しながら、謎の輩はそのまま仲間であろう者と共に駆けていく。


「アジェラとの合流地点は?」


「ここから南西一キロメートル地点だ。少し走る」


「へいへい」


 そのまま走り続ける両者。

 暫くして簡素な教会にたどり着いた彼らは、そっと古ぼけたその扉を押し開き、中へ。そこで本を読んでいたひとりの青年に、「よーっす」と気楽に声をかける。


「あ、睦月。リック……」


 青年はきちんと纏めた長い黒髪を揺らしながら、やって来た両者を振り返った。


「お疲れアジェラ。そっちの首尾どんな感じ?」


「はい。食糧になりそうなものをいくつか頂戴させていただきました。あとこの地下世界では貴重な本とか……」


「どんな本だ?」


「今見てるんですけど、生憎と字が読めなくて……」


 困ったように告げた青年・アジェラ。そんな彼から例の本を受け取ったもう一人の青年・リックは、頭から被った布を取り去ると静かに本の表紙を開いてみる。


「睦月ー! アジェラー! リックー!」


 そこへ、新たな人物が現れた。頭からすっぽりと布を被ったその人物は、片手をあげる布の青年に「さっきはありがと!」と告げるとみなの傍へ。「何してたの?」と問いかけ、それにアジェラが返事を返す。


「本をですね。手に入れたんです」


「本? 珍しいね」


「はい。なので読んでみようと思ったんですが、生憎と文字が読めなくて……」


「今リックが解読してくれてます」と告げたアジェラに、「ほう」と頷く布の彼女・リレイヌ。頭から被ったソレをそっと外した彼女は、真剣に本と向き合うリックの傍へ。自分よりも背の高い彼の手元を覗き込みながら、「なんて書いてるの?」と訊ねてみる。


「ああ。恐らく何者かの日記なんだろうが、字が汚くて読みづらい。辛うじて読める場所を解読すると『西の方で争いが起きている』と記されてるな」


「争い?」


 キョトンと目を瞬くリレイヌ。アジェラもアジェラで「西っていえばナニセがありますが、あそこは平和ですよねいつも」とボヤいている。


「コイツの読み間違いじゃねえの? あの平和ボケした街で争いなんか起きるわけねーって」


「なら貴様が読めばいいだろう」


「勘弁。俺そういうの不向きなんで」


 言って布を取り去った彼は、「それより腹減ったなー」と教会の奥へ。そこに存在するハリボテで作られた女神像を見上げると、そっと鼻から息を吐き出し皆のことを振り返る。


「今日の分の収穫は終わったし戻ろうぜ。その本のことも師匠に聞けばなんか分かるかもだし?」


「それもそうですね」


 落とされた提案に頷くアジェラ。不満そうなリックが本を閉じたのを視界、椅子に腰かけていた彼は傍らの荷袋を手に立ち上がり、「行きましょう」と朗らかに笑う。それに頷く皆がぞろぞろと教会の外へ。残された睦月も、少しして先行く彼ら、彼女らの後を追いかけた。




 ◇◇◇




「西の方で争いが?」


 住処である洞窟に戻ってすぐ。今日の成果を伝え、例の本の内容を伝えたアジェラたち四人。報告を受けた、四人の師であるアガラは不思議そうに目を瞬きながら、火にかけている鍋の中身をぐるりと混ぜる。


「はい。本は日記のようで、『西の方で争いが起きている』、『ココから逃げないと危険だ』と記されていて……」


「ふむ。貸してみてくれるかい?」


「はい」


 頷いたリックより手渡された本を開き、中身を確認するアガラ。少しして眉間に皺を寄せた彼女は、「なるほどね」と一言。納得したような顔で本を閉じる。


「なにか存じているのですか?」


「ん? うん、まあ……」


 ぐるり ぐるり


 かき混ぜる鍋の中身を覗き込み、こくりと頷くアガラ。睦月が「ナニセでホントに争いが起きてんのか?」と訊ねるのに、彼女は否定的に「いいや」を返す。


「争いが起きているのは地下世界ではない。地上だ」


「は? 地上?」


「……ああ」


 黙り込む四人。アガラは無言で近場に置いてあった器を手に取ると、それに鍋の中身を入れていく。


「……地上で、一体何が起きてんだよ」


 静寂を裂くように、睦月が問うた。どこか不安げな彼に、アガラはひとつ沈黙。悩んだ末にこう答える。


「──戦争だ」


「は?」、と零される疑問。

「戦争って、なんで……」、とアジェラが青ざめた顔で震えてみせた。


「……さてね。キッカケは分からない。だが、今地上では多くの国の間で巨大な戦いが起きている。中には古代兵器を用いて争う国もいるとの事だ」


「古代兵器……?」


「古より生きる魔導生物のことさ」


 再び落ちる沈黙。

 困ったように顔を見合わせる皆に、アガラは言葉を止めて鍋の中身が入った器をそれぞれに差し出す。


「とりあえず食べなさい。お腹減ったろ?」


「……」


 皆はそっと、器に盛られた中身を匙で掬った。そうしてそれを口に運ぶ彼ら・彼女らに小さく微笑み、アガラも同様に食事をとりだす。


 暫しの静寂……。


「……ああ、あと、リレイヌ。後で少し外に出よう。話がある」


「はい。わかりました」


 頷くリレイヌが匙の上のご飯を食べる。それを見届け、アガラはそっと視線を下へ。嘆くように、軽く瞳を伏せていた。

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