伯爵令嬢と結婚した公爵令息ですが、妻が私のコレクションを勝手に捨ててしまいました
公爵令息オーウェン・ディーバは黒髪の長身で、色白な肌を持ち、美麗という言葉がよく似合う男であった。ここ最近はその肌の白さにより拍車がかかり、淑女たちを魅了している。
そんな彼であるが、意外な趣味を持っている。
それは武具のコレクション。古今東西の剣や槍、盾や鎧甲冑を収集し、邸宅に保管している。
今日も彼は王城での執務を終え帰宅すると、コレクションを眺めるため自室に入った。
すると――
「あれ……ない!? ――ない! どこいった!?」
コレクションに欠けが出来ている。いくら探しても見つからない。
「あの鎧がない!」
欠けているのは鎧であった。
盗難にあったとは考えにくい。となると、心当たりは一人しかいなかった。
「クレア!」
オーウェンは妻クレアになくなった鎧の在り処を問いただす。
クレアは結婚する前は伯爵家の令嬢であり、金髪碧眼の美しい容姿をしていた。
「あの鎧はどこやった!?」
「捨てたわよ」
クレアはあっけらかんと言い放つ。
「捨てた!?」
ただでさえ人一倍色白なのに、さらに青ざめるオーウェン。
「君はあの鎧がなんなのか分かってるのか!? あれは……“呪いの鎧”なんだぞ!」
「呪いの鎧ってなんだかダジャレみたい」クスリと笑うクレア。
「笑ってる場合か!」
捨てられた“呪いの鎧”は恐ろしい性質を持っていた。
持っている者の体力や寿命を奪い取り、徐々に弱らせていく。
つまり、今その呪いに侵されているのは持ち主であるオーウェンである。
オーウェンはある人物に騙され、その鎧を手に入れてしまったのだ。彼の色白さに磨きがかかったのもそのためである。
鎧の呪いをどうにかするには、“他の人間に押し付ける”しかない。しかし、オーウェンは優しい人柄で、そんなことはできるはずもなかった。彼を騙した人物を責めることもしなかった。この呪いを甘んじて受け入れる決意をしたのである。
そして、もし捨てたりすれば、“捨てた者”は、鎧に住み着く悪霊によってたちまち殺されてしまうという。
「このままだと君は殺されてしまうぞ!」
「殺されるって決まったわけじゃないわ。返り討ちにすればいいのよ」
クレアは自信があるようだ。彼女の家は騎士の家系であり、彼女自身も武術の心得がある。オーウェンもそのことは承知している。
「君が強いのは知っている……だけど、相手は悪霊だぞ!? 無理だ!」
「大丈夫よ、任せておいて。それに秘策があるの」
「どんな秘策があっても、無茶だ!」
あくまで妻の身を案じるオーウェンだが――
「まあ見てて。あなたを呪いなんかに殺させないし、私も悪霊なんかに殺されたりはしないわ」
クレアの決意も固く、もはや説得しようがない。
オーウェンは妻の勝利を祈るしかなかった。
***
夜になった。
ランプの灯るリビングにて、オーウェンは青ざめた表情でソファに座る。
妻クレアは赤い鉢巻をして、白いドレスを着て待ち構えている。彼女の勝負服である。
やがて、足音が聞こえてきた。
「これは……!」
「どうやら、来たようね。悪霊が」
まもなくリビングの扉が開く。
現れたのは、捨てられた呪いの鎧を纏った肉体のない騎士――すなわち、骸骨の騎士だった。右手には瘴気を纏った剣が握られている。
「我が名はワイアット・ボイル……この鎧を捨てたのは貴様だな?」
「ええ、そうよ」
クレアは堂々と答える。
「よろしい。ならばその罰を受けてもらおう。我が手で黄泉に旅立つがよい!」
「あいにくだけど……私はもっと長生きしたいの。我が夫オーウェンと一緒にね!」
クレアの決意を聞くなり、凄まじい勢いでワイアットが迫る。
「死ねええええっ!!!」
「せいっ!」
クレアの正拳突きが炸裂する。
「ぐはぁっ!?」
ワイアットが吹き飛ぶ。
ステップを踏みながら、クレアがニヤリと笑う。
「な、なぜ、私に攻撃できる……? 私は呪われた存在、どんな攻撃も効かないはず……」
「これよ」
クレアが小さな瓶を取り出す。
「それは……聖水!?」
「そう、教会で購入してきたの。これを手足にまぶしたのよ」
よく見ると、クレアの手足は濡れている。
これならば悪霊に攻撃が通用してもおかしくはない。とはいえ確証のない賭けであった。
それに、このワイアットという騎士も正拳突き一発で倒されるほど甘い存在ではない。
「これで勝ったと思うなよ……我が恐ろしさ、思い知らせてくれる!」
「来なさい」
クレアがクイクイと手招きする。
ワイアットが剣で斬りかかる。その技は熟練されており、幾度もクレアの命を脅かす。
しかし、クレアはダンスでも踊るように、刃を避け続け――
「ぜやぁっ!」
「ぐほっ!」
ワイアットの脇腹に蹴りを浴びせる。
体勢を整える暇も与えない。拳を握り締め、力強い連撃を叩き込む。
「はあああっ! でやあああっ!」
「ぐはああああっ!?」
ワイアットの全身にヒビが入り、ついにダウンする。
「ぐはっ、なぜだ……なぜ、こんな女に勝てん……」
「当たり前でしょう。肉のないあなたが、肉のある私に勝てるはずがない!」
クレアは力強く言い放った。
「ナメるな……! 肉がなかろうと貴様如き!」
ヒビ割れた状態でも戦おうとするワイアットに、クレアが尋ねる。
「何があなたをそうさせるの? なぜあなたは呪いの鎧になったの?」
少し考え込んだ後、ワイアットは答え始める。
「私は元々ある貴族に仕える騎士だった。私は主君に忠誠を誓い、主君もまた私を信頼していると信じていた。そう、あの日までは……」
むき出しの歯を噛み締めるワイアット。
「王城を訪れていた我が主君は、敷地内に放し飼いにされていた王の飼い犬に襲われた。あまり躾はなされていなかったその犬は、獰猛かつ大型で、護衛である私はその飼い犬を斬り捨てるしかなかった。だが……」
ワイアットは続ける。
「王はその恨みから私を処刑しようとした。主君も最初はかばってくれた。これに感動し、私は自ら命を差し出すことも考えたのだが……主君は王から爵位昇格をちらつかされ、するとあっさり私を売ったのだ。そうして私は失意のうちに処刑され、愛用していた鎧に取りつき、悪霊と化したのだ」
全てを聞き終え、クレアは感想を述べる。
「あなたの人生、確かに同情すべきものがあるわ。でもね、そうやって不特定多数に呪いをまき散らすのは逆恨みにすらなっていない」
勇ましく拳を構える。
「あなたを……滅ぼすわ!」
「やってみるがいい!」
ワイアットが再び襲いかかるが、もはや実力差は明らかだった。
何のために呪いをまき散らしているか自分でも分かっていないワイアットと、自分と夫を守るという明確な目的意識があるクレア。
力の差以上に、心の差がありすぎた。
「憎しみでは……肉には勝てないのよ! でやぁぁぁっ!」
クレアの強烈な回し蹴りが、ワイアットを吹き飛ばす。
ワイアットは壁に叩きつけられ、ダウン。そのまま動けなくなった。
「う、うう……」
「さあ、全身を粉々に砕いて、二度と悪さできないようにしてあげる」
憤怒の形相でクレアが迫る。
だが、そんな彼女を夫であるオーウェンが制する。
「待ってくれ、クレア」
「あなた……!?」
オーウェンは穏やかな表情でワイアットに語りかける。妻とは実に対照的な対応である。
「私は鎧の持ち主だったオーウェン・ディーバという」
「持ち主か……さぞ私を恨んでいるだろうな……」
すると、オーウェンは首を振った。
「ワイアット殿、あなたの無念、私にはよく分かる。騎士は主君のために戦う生き物だ。その主君に裏切られたとあらば、その無念は並々ならぬものだろう」
「なに……!?」
ワイアットは意外そうな声を上げる。呪いに殺されかけながらも、呪いの主に情をかける態度に驚いていた。
「私は……あなたを許す」
「なんだと……!」
「あなた……!?」
ワイアットもクレアも、オーウェンの心の広さに驚嘆している。
「今まで散々にあなたを苦しめた私を許してくれるのか?」
うなずくオーウェン。
「ただし、夫から吸い取った寿命や体力は全て返してちょうだい」
抜け目なく、要求すべきことはきっちり要求するクレア。
「もちろんだ」
ワイアットは要求に応じた。たちまちオーウェンの顔色はよくなった。いや、これが彼の本来の姿だったのだ。
そして――
「ワイアット殿!?」
「あら……!?」
夫婦が驚く。
骸骨騎士だったワイアットが、肉体を取り戻していた。
長い黒髪に、浅黒い肌。彫りが深く、男前といえる顔立ちをしている。
クレアに敗れ、オーウェンに救われたおかげで、生前の姿を取り戻すことができたのである。
「お二人の強さと優しさのおかげで、私は騎士としての心を取り戻すことができた。これからは微力ながら、守護霊としてあなた方をお守りしよう」
こう言うと、ワイアットの姿は煙のように消えた。
同時に黒く薄汚れていた呪いの鎧が、たちまち輝き始める。
そして、見違えるように純白な鎧へと変化した。
呪われた騎士・ワイアットの魂が浄化され、救われたことの証左なのだろう。
「白い鎧になったわ……これもダジャレみたい」クレアがクスリと笑う。
オーウェンは純白の鎧を手に取った。
「この鎧は“聖騎士の鎧”と名付け、我が家の家宝にしよう」
「そうね!」
全てが終わり、オーウェンがクレアの両肩に手を置く。
「クレア……」
「どうしたの、あなた?」
「君が鎧を捨てるという決断をしなければ、私はもちろん、ワイアット殿も救われぬままこの世に呪いを振りまき続けただろう。本当にありがとう」
「嫌だわ、今更お礼だなんて……」
オーウェンはそのままクレアを抱きしめる。
「クレア……」
「オーウェン……!」
呪いに打ち勝つだけでなく、その恨みをも浄化させる。
まさに夫婦の力が揃ってこそ、成し遂げられたことだった。
その後、呪いの鎧から“聖騎士の鎧”となった鎧は家宝としてディーバ家に祀られ続けた。
鎧もそれに応えたのか、ディーバ家の者たちは皆健康長寿に恵まれたという。
完
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