09.
新聞記事が頭に浮かぶ。
慈満寺で人が死んだ、とかいう寧唯のほうの記事ではない。
更に一つ。
依杏が集めていたほうだ。
とりあえず、依杏は妙な胸騒ぎがしていた。
数登珊牙とかいう、葬儀屋の時と同じだ。
と彼女は思っていた。
いま会った釆原凰介。
「はじめまして」とは言ったものの、実際に感じたものは違った。
どこかで見たことがある。
それと、新聞記事だ。
釆原の話に出たのは「美野川嵐道氏を偲ぶ会」。
それで、依杏は更に気になった。新聞記事が頭に浮かぶ。
依杏たち、釆原と、それから寧唯と郁伽。
石段を上る。
上っている時、依杏はどうしても、釆原の脚が気になった。
なんだかぎこちないのだ。
釆原さんは怪我をしている?
それとも?
怪我をしている。
それならば何故、わざわざ来た?
「あ、あの」
依杏は声を掛けた。
だが聞こえなかったようで。
「釆原さん」
「なに?」
「ええと」
と依杏。
「石段キツイですよね」
「まあ、そうだね」
と釆原は苦笑。
「よかったら、私届けて来ましょうか?」
「何を?」
「その、渡すものって言っていたやつです」
渡すものが何なのか、確かめもしないで言った。
だが、どうしても依杏は胸騒ぎがしてならなかった。
釆原は先にどんどん行く。
先程よりもスピードが上がって。
やっぱり気になったのは、脚だった。
スピードは上がったが、ぎこちなさはそのままだった。
険しい雰囲気になったのには、違いない。
「ちょっと待ってください!」
一線を引かれる。
依杏は何度もこの感覚を味わったことがあった。
いまもその状況だ。
立ち入るな、と言われているようなものだった。
新聞記事には、倒壊したビルが映っていて。
そこに二人の人影があった。
やっぱり見間違いでなければ、いまの話の流れで行けば。
と、依杏は無視することが出来なかった。
しかし、釆原には一線を引かれた。
依杏自身と親の関係にも似ている。
打ち消しの効かない一線。
依杏はようやく追いついた。
「あの」
釆原は応えない。
「数登さん、ですよね。彼、怪我してて」
「どこを」
「釆原さんも、怪我してるんじゃないですか。脚」
スピードが緩まった釆原。
「なんで」
「だ、だってその。美野川嵐道の話をしていたじゃないですか。私その時の新聞記事持っています。いまも」
「そう」
「で、倒壊しましたよね。ビルが」
「よく知っているね」
「そこに人が二人写っていたの、見ました。写真で出てましたから」
釆原は脚を止めた。
「そう」
「み、見ました」
「じゃあ、まあ珊牙と考えが似てるってことになるかな」
と釆原は言った。
あとの二人も追いついた。
釆原は脚に怪我をしている。
それも見せられたし、傷は相当なものだった。
美野川関連でビルの、倒壊というのは、新聞記事ではあったものの本当だったらしい。
ショックを受けていたのは、依杏よりもむしろ郁伽だった。
山門を四人で潜った。
慈満寺に到着する。
釆原は、『古美術』ではなく『推理』研究会にしたらどうだ。
とか言った。
敷地内は広い。
常香炉が眼に入る。
恐らく御朱印目当ての人の列、が続く。
数登が居るだろうと釆原は言ったものの、その姿は見えない。
積まれた敷石に腰掛けた。
釆原と寧唯。
依杏は傍らにしゃがんだ。
「ええと」
と寧唯。
「数登さんが居るって言っていたけれど、どの辺に普段居るんですか?」
「キャンペーン中なら、そっちに駆り出されているかもしれないし。俺もよく知らなくて」
と釆原。
「空いてるけど」
と依杏へ。
「いや、その……」
座りづらい。
郁伽は、いまは一人で境内の立看板を見に行っている。
ショックなのか、それとも申し訳なさなのか。
依杏にはよく分からない。
古美術建物研究会で、倒壊したビルの話をやんやとしていたことが、なんとなく後ろめたくもあった。
それはきっと、寧唯も同じだろう。
ただ、倒壊があったのは本当だったのだ。
「いや、座ろうよとにかく!」
寧唯は言った。
で、依杏は結局、敷石の上へ腰掛ける。