07.
寧唯からすぐ返信があった。
どうやら、今起きたらしい。
『大丈夫。イアンだから。別れたってさ。これから慈満寺のキャンペーンに行くじゃない』
何が大丈夫なのか、根拠がない。
野昼駅に着いた。
降りると、郁伽がもう来ていた。
トルティーヤ。郁伽はそれにぱくついている。
ラフな格好だ。
依杏も、なるべくラフな格好を選んだつもりだった。
慈満寺は、染ヶ山の上にある。
要するに、一種の山登りということになる。
郁伽は朝から、例のレストランでアルバイトだったとか。
依杏は、寧唯が遅れそうだと伝えた。
先程連絡が入ったのだから、遅れるというのは必至だろう。
一方で、郁伽には空羽馬のことを言うのは、やめておいた。
郁伽は、ケースから取った粒を口へ放り込む。
『喉の通りを良くするタブレット』。
だとか。
依杏にはよく分からない。
仕事の上では必要なものなのかも、しれない。
「最悪、杝には今月分のカラーリングを。やめてもらいましょう」
郁伽の連絡にあった『罰金』の文字。
あれは、そういう意味か!
依杏。
「カラーリング代くらい、するんですか罰金」
「冗談よ。ただ、遅れたら罰金は変わらない」
「ほんとですか」
「まあね」
郁伽は苦笑した。
リーチインを見て行く。
紅茶系、山で取れたと謳う飲料水、運動する人のための飲み物。炭酸飲料の入った瓶などなど。
七月の今。
スポーツドリンクのほうが、汗が出る時期には合っている。
ただ、依杏はどうしても紅茶系に眼が行ってしまう傾向にある。
郁伽は麦茶を手に取った。
「お、お待たせ」
自動ドアからすっ飛んで入ってきた、寧唯だ。
「来たわね」
郁伽はニッコリしている。
寧唯は若干、血の気がない。
いや走って来たんだろうから、血の気はあるだろうけれども。
寧唯。
「だ、大丈夫ですよね。時間に間に合いましたよね」
「そうね間に合った」
「あの、じゃあ罰金なしですよね」
「だといいけどね」
郁伽は再びニッコリする。
依杏。
「お、おはよう」
土曜の午後二時頃とあって。
電車内は空いていた。
扉近くのシートに。
寧唯、郁伽、依杏の順で座る。
染ヶ山までは二駅。
野昼駅からだとそうなる。
慈満寺での恋愛成就キャンペーンは、午後三時四十分からだ。
余裕を見て、調査目的で境内を散策。
というのが、郁伽の計画らしい。
「随分ラフな感じですね」
「だって暑いじゃない」
「いやそうですけど、そのサンダルで大丈夫ですか」
寧唯は、郁伽に言った。
シアンの強い黒。
今日の寧唯のカラーリング。
髪型としてはショートだ。
ワンピースにポシェット。
郁伽はリネンシャツにオリーブ色の、ゆったりしたパンツ。
依杏もジーンズに青系統の上衣。
リュックにはゴマフアザラシのマスコット。
郁伽。寧唯に言う。
「あそこ、土地的にも昨日の雨は、たぶん今日には吸収されているでしょう。うまい具合に」
「うまい具合、ですか」
「うん。石段を上って行くから。そこもたぶん、乾いてないということはないと思う」
郁伽の蘊蓄。
「石段は乾いていないと、たぶん慈満寺の人は困ると思うし」
「歩きづらいとか? 確かにそうかもしれませんね。そういえば、昨日居た鐘搗住職とかの足元は見なかったなあ」
と依杏に振る寧唯。
「長靴とかだったかもね」
「いやいや合わないでしょう」
郁伽。
「サンダルは今ね。一応替えの靴は持ってる」
「用意周到ですね」
『東武櫻崎線へのお乗り換えは、三・四番ホームです。次は、陸奥谷、陸奥谷。お降りの方はお足元にお気をつけください』
と、アナウンス。
「慈満寺のIDカードの件。セキュリティの件。この前言ったやつ」
と郁伽。
「憶えています。あのあと何もしていないけれど」
と依杏は言った。
「まあいいんじゃない。実際今日行くんだから。でね、作っておいたのよ。予め」
「何をですか?」
「慈満寺専用IDカードなるもの。あんたたちは? でもま、昨日の今日だからな。特に杵屋は」
依杏は肯いたが、寧唯はかぶりを振った。
「それって地下入口を開ける」
「そう。開けるためのカード」
縦に首を振る、依杏と寧唯。
六月。
あの日のレストランで、会った葬儀屋。
彼も同じことを言っていた、ような気がする。
地下?
「地下を。あ、そうだちょっと調べたんですけれど」
と依杏。
「地下には納骨堂とか、その他もあるらしいって。あと宝物殿ですね」
「そうね。そこよ」
「で、寧唯の見せて来た新聞記事とかにも書いてあったか。なんですけれど宝物殿の扉近くで二人死んでいたって」
「うん」
「扉って、開いていないんですよね?」
「で、その宝物殿だけれど」
『次は染ヶ山~』というアナウンス。
「なんか特別なのがあるってのは、あんたたち知っている?」
「知らないです」
寧唯はポカンとしている。
「何ですかそれ?」
「人間が見ちゃいけない、とかなんとか」
「って言っても、誰かは見ますよね」
「それが見ちゃいけないらしいのよね」
「どうやって?」
「そのへんは慈満寺がやることだから。よく知らない。ただ、あんたがパンフレットで見てた仏像とかとは、訳が違うらしい」
「訳が違う。それも曰くつきみたいな、感じですか?」
と依杏。
「さあね。とにかく慈満寺では人が死んだわけ。で、恋愛成就キャンペーンが今日行われる」
「なんか怖くなってきた」
と寧唯。
「抽選に申し込んだの、あんたでしょう」
「はい」
「さあ着いたよ」
と郁伽。