64.
「一度、慈満寺の下の駅、石段下ったところへ行って。再び、境内へ戻って来た。とか。とにかく移動が多かったらしいよ」
と怒留湯基ノ介。
「杵屋さんが気絶した時も、数登さんは移動していた。それに加えて、本堂にも寄ったと。何かいろいろね、彼を見ている人が多かったらしい」
聞いている杵屋依杏。
怒留湯は続けて。
「遺体と何が関係あるかって言ったら。数登さんが葬儀屋であるという、くらいなものだけれど。行動に関しては、どうかねえ」
「たぶん、関係ないんじゃ」
と依杏は言いつつ。
先程はさんざん、数登珊牙のことをあーでもない、こーでもない、と言っていたわりに。
彼のことを疑う気は、あまりないらしい。
ということが、言葉の端から。依杏はそう判断した。
怒留湯。
「じゃ、まあ。そんなところかな」
「疑わしいとか、そういう点はありましたか」
と依杏。
「ないね。そもそも二人とも、地下には近寄りもしてない感じだから。他の人の証言と、照らしてもそうだし。別の証拠が上がったら、それはまた。とりあえず、数登さんと杵屋さんについては。そんな感じ。で。俺に何か、話しておきたいこと。他にある?」
「あの、桶結さんから。既に、怒留湯さんなら、お聞きになっているかもしれません」
「なんで」
「地下の件なので……」
「訊こうか」
依杏は、僧侶の円山梅内が。
地下を閉じるの閉じないの、と言って。
地下入口で揉めていた件について話した。
「オーケー。貴重な情報、感謝するよ」
怒留湯は、手帳から視線を外して、ペン先を舐めた。
昔の映画みたいなことをする人だな、と依杏は思った。
たぶん、万年筆なのだろう。
「で」
と怒留湯。
「杵屋さんは気絶したでしょう。その前後の記憶って、はっきりしているの?」
「それは、それは……。はっきりしていないですね。ごめんなさい」
「じゃあ、完全に昏倒したわけだ。入院しなくてよかったな」
「ま、まあ……。そうですね」
と依杏は苦笑。
「情況。釆原さんとかに訊いたらもっと、詳しいと思います。私じゃ役に立てないです」
「うん。彼も数登さんと、途中で合流したのしないの。云っていたしな。それに、遺体のことだけれど」
今、本堂には遺体があって、依杏と怒留湯も同じ空間に居るわけで。
依杏は、ちょっと身震い。
「な、何でしょう」
「写真。外傷の写真とか。見る? ああ、直接のを見に行くの、でもいいけれど」
「え」
「見たくないでしょう? ハッキリ言って」
「それは、ええと」
依杏は言い終えず。
「ああ。移動というかほら。準備も始まったな」
「遺体の?」
「そう」
怒留湯と依杏の視線は、一箇所へ集約された。
白い布と、それからストレッチャーか。何か滑車つきの台。
どうやら、別の通用口を使うようである。
遺体がストレッチャーに載り、運ばれる。
数登と釆原凰介。
桶結千鉄も、そちらへ一緒に移動していく様子。
「ご遺体、移動しちゃいました」
と依杏。
怒留湯は苦笑した。
「移動はしたがねえ」
怒留湯は、椅子の背にもたれて言った。
「写真もあんまり見たくないでしょう。正直。口頭で言うかね」
「遺体の話ですか?」
依杏はそう尋ねる。
怒留湯。
「そう。えーとね、容姿を言っていくから想像で補って」
「は、はい」
そんなんでいいのか、と依杏は心の中でツッコんだ。
「全体的な見た目としては、三十代半ばだ」
「三十代半ば」
「男性。知り合いで、いない?」
「学校の先生くらいしか」
「教師みたいな奴じゃあなかったな」
「じゃあ……」
依杏はザッと知り合いのリストを、頭に思い浮かべた。
慈満寺にやって来るような人間。
そんな知り合いは、寧唯と郁伽以外、いない。
三十代半ばであれば、言った通り教師くらいしかない。
慈満寺にやってきた依杏の学校教師というのは、一人、過去に地下で死んでいるが。




