63.
石段での会話にて。
杵屋依杏の夏休みの宿題はさておき、慈満寺に泊まるの、泊らないの云々。
そのあと、八重嶌郁伽の話になった。
現在、郁伽は劒物大学病院にいる。
本堂の遺体も、一旦はそちらに運ばれることになる。
立ち会うという数登珊牙は、郁伽のことも訪ねたいという。
お見舞いか……。
寧唯も電話で、そんなことを言っていたような。
と依杏は思う。
いずれにしても、「第一条件にはなり得ない」。
そう発言した、数登。その言葉。
依杏には、もう少し「音」に関する情報が欲しいところだった。
が、ひとまず、本堂に入ってしまった。
この時点で、刑事の怒留湯基ノ介に。主導権を握られることは間違いなく。
彼は来た。
と同時に、依杏は圧倒された。
大きい。睨まれている。
仏像である。
慈満寺の本尊、写真で。
それもパンフレットの写真で見たものが、今眼の前へある。
ギョロギョロした眼。
それが、見ている。
「おーい」
と怒留湯。
依杏は、ふと気付いた。
地下から運ばれた遺体とも、彼女とあまり距離のないことに。
怒留湯。
「そっちにとりあえず、掛けてくれる?」
「は、はい」
と依杏。
本堂内、ほうぼう並んだ椅子へ腰掛ける二人。
依杏は改めて見回した。
天井から下がった天蓋。
天井の格子。格子の中の一つ一つ、絵。
正面には本尊。
「仕切り」みたいなものがある。
大注連縄だろうか。
そこから一歩は入ることは出来ない。とその縄が言っている。
恋愛成就キャンペーンの最中。
その時間帯ではここに、参拝客とそれから、慈満寺関係者がみんなして、詰めていたということになる。
怒留湯は言った。
「何か怪我とかは、していたりするのかな」
「え」
と依杏は言った。
「何か怪我と言いますと」
「いやさ、あれ? さっき寝ていたんでしょう」
「寝ていました」
「だろう。オケから聞いたよ。ここの本堂の前で、気絶したとかでさ。どっか擦りむいたとか。ない?」
「あの、いえ。大丈夫なんですけれど、何か怪我っていうか」
依杏の視線は、先程の遺体のほうへ。
怒留湯も同じ方を見つつ。
「さっき数登さんと、話をしていて」
「今も、ばっちり居るみたいね。彼」
「はい」
「たぶんもう少ししたら、遺体を移動するよ。劒物大学病院にだ。それで?」
「遺体にあんまり外傷が、なかったっていう話です。それを数登さんが云っていて」
「ああ」
怒留湯は帽子ごと、頭を掻いた。
「そうだね確かに。まあ。ええと、杵屋さん、でいいかな」
「はい」
「杵屋さんにも怪我は特になし。で、遺体にも外傷は少なかったし」
「数登さんに聞きました。外傷の件」
怒留湯は苦笑した。
「あんまり話されると困るんだけれどね。まあいいや。ではね。今日。午後三時四十分から五時過ぎの間だ」
メモを取り出して言う怒留湯。
依杏は背筋が伸びる。
怒留湯。
「遺体のことには、君と何も関わりがない。と。杵屋さんは気絶して、あの部屋で寝ていたから」
「そ、そうです。一応証人も居るんですけれど何て言うか」
依杏は苦笑した。
「数登さんも、私と同じ部屋で。仮眠? していて」
「らしいね。ほうぼう、ぐるぐる動き回っていたらしい」
「動き回っていた」
「そう。午後三時四十分から五時過ぎくらいの話。数登さん自身の移動が、多かったらしい」
「移動」




