06.
「数登と言います。ああ、詳しくはこちらに」
腰掛けた彼は言った。
依杏と寧唯は変わらず固まっている。
小さい紙片。
取り出して、数登はテーブルへ載せた。
何故か裏を上にして置いている。
たぶん名刺だろうということは、分かる。
「そ、葬儀屋さん?」
と寧唯は言った。
一度、視線を落とす。
「ええ」
「葬儀屋さんですか」
「そう」
例の鐘搗紺慈とも、というか鐘搗紺慈について来たのだろうか?
寧唯の言う、出張葬儀がなんとやらで?
「あの、そのパンフレット」
と依杏は数登に言った。
「ああ。慈満寺のものです。あなたがた、特に、レジの方がお詳しいようで」
当のレジの方というのは、今は郁伽である。
どうやら郁伽の話を、聞いていたようだ。
数登さんとかいう、この人の耳にも届いていたらしい。
と依杏は思った。
寧唯は葬儀屋?、と言った。
確かに彼は僧侶という感じがしない。
でも葬儀屋っていう雰囲気でもない。
郁伽先輩の眼の、色は不思議な色だ。
この人のもそうだ。
と依杏は思った。
「あの、どこかでお会いしました」
依杏は言った。
数登はかぶりを振る。
「はじめまして」
なんだか見覚えがある。
何故だろう。
寧唯。
「鐘搗住職と、どういうご関係で」
ぎこちない。
「出張葬儀とか」
「ええ。正解」
「そうですか」
寧唯は変わらずぎこちない。
数登。
「鐘搗住職と円山さんと出張葬儀に行った、帰りです。慈満寺のキャンペーンのことは、御存知で」
「ええと、知ってます」
依杏が言った。
「慈満寺では人が亡くなっていることも、御存知ですか」
依杏と寧唯は顔を見合わせる。
数登は立ち上がって、会釈した。
「そのパンフレットですが、地下全体が映っていれば。少し見所があったと思いますが」
*
外が妙に明るい。
六時。午前!?
依杏は跳ねた。次の日になっている。
慈満寺に行くのだ、今日は。
寝すぎた。
何も食べずに十二時間睡眠。
新記録だったが、きっと連絡が入っているに違いない。
今は家に一人だ。
テスト後からのその後の、授業のない、夏の期間。
テスト後のレストラン、その後から時間も日数も経っている。
今日は、実際に慈満寺へ行く日。
「野昼駅前。ゴマ像のところ。午後二時。遅れたら罰金」
郁伽から連絡が来ていた。
慈満寺に行くのは、レストランで言っていた通り三人。
時間はたっぷりある。
依杏は少し呼吸を整えた。
空羽馬は大学生。
依杏は高校生だ。
空羽馬は恋愛に奥手のタイプだ。
気の多い方ではない。
『将来』のことを考えたときに、どうなのだろうという考えが、空羽馬にはあったらしい。
依杏は否定できなかった。
家庭不和のことを、空羽馬は気になっていたのだろう。
それは仕方のないことだった。
恋愛するなら、なるべく懸念の少ない方がいい。
さて、何か食べよう。
依杏は冷蔵庫を開けたが、何か作れる量ではない。
慌てて靴を履いた。
郁伽から連絡のあった、ゴマ像というのは『ゴマフアザラシ』の像のことで。
像は駅でのアイドル的マスコット。
成分は花崗岩。おそらく子供のゴマフアザラシ。
丸々しているやつである。
依杏はコンビニまで自転車を走らせた。
で、停留所からバスに乗る。
前日の雨が随分と残っていた。
最低限身だしなみは整えたかった。
シャワーを浴びて、食べたり着替えたりしてから、家を出た。
寧唯にはバスの中で一報を入れた。
レストランで本当は言えば良かったかもしれないが。
『空羽馬と別れた』と。