53.
「あ、あれ参ったな。取調ですかこれ?」
と、岩撫衛舜。
「確かに、私から飛びこんだようなものですかね。ここへ」
桶結千鉄。
「取調ではない。訊きこみですよ、地下の件があったんですから」
寝ている数登珊牙から、一言。
「せっかくですから岩撫さん。僕らまとめて、『取調』を受けましょうか」
「やっちゃった。一番悪いタイミングで来ちゃったかなあ。私、先程も同じように、刑事さんと話したばかりなんですが」
「ではもう一度」
と桶結。
「やっちゃいましたかね」
と岩撫。
数登。
「ええ」
「でまあ、セキュリティ方面っていうのは。私はそうなんですがね」
岩撫は頭を掻く。
「地下の扉の件っていうと何でしょう? 何かありましたっけ。ああ、ありますね。何か深記子さんは気にしていましたし。私が鐘楼に居た時に。なるほど。それで、数登さんがどうだなんだと」
依杏は気絶してから、その前の記憶を辿る機会があまりなかった。
岩撫が今、つらつらと話をしているのは。
鐘搗深記子と釆原凰介と。
それから午後は居た杝寧唯、それから杵屋依杏、自身。
彼らが、地下入口へ向かっていた時の話だと。
少しずつ、噛み砕き始め。
依杏は、鐘楼に岩撫が居たことを思い出す。
「地下でセキュリティがどうって。それが数登さんと何か。つながるんでしょうか」
と岩撫。
「御存知でしたか? 勝手に鳴った梵鐘の件」
釆原は苦笑して言う。
「ああ、やっぱりね。それよりも私は、深記子さんが宝物殿の扉を、開けないでいることのほうが。気になりますがね。確かに梵鐘が勝手に、鳴ったっていうのは。今日です。一部では騒がれましたがね」
「扉の件、と云いますと」
桶結。
岩撫。
「私らセキュリティ担当の人間にはその辺、よく分かっていないんですよ。深記子さんらが中心になっているので」
「ほう」
「地下の入口については」
と数登が脇から。
と言っても、変わらず寝ながらの姿勢で。
「何故、制限をしなかったのでしょう」
岩撫へ尋ねる。
話は遡って、「数登が地下に居る」という誤情報をわざと流した件について。
そこから始まり。
深記子が憤怒して、部屋から出て行った件と。
勝手に梵鐘を鳴らしたのは、数登だったという話に繋いで。
「何故地下入口の開閉を、恋愛成就キャンペーン時間中に。制御しなかったか」
について。
慈満寺側の方針も含めて。
恋愛成就キャンペーンの時間中にも、地下を参拝出来るようにするため。
それが、鐘搗深記子の言い分だった。
少しずつ、気絶する前の記憶を、依杏も思い出しながら。
「地下入口の、セキュリティについてなんですが」
岩撫は、剃った頭を掻きながら言う。
「我々としては気にしていた点もあったんです。IDロック盤を導入したのだって、過去の流れを汲んで、ですので。地下で過去、二人参拝の方が亡くなっている。あとここ最近だと、システム内で気になる挙動があったりする」
「気になる挙動といいますと」
桶結が尋ねる。
「IDロック盤と監視カメラ、あるでしょう。刑事さんなら既に、お調べのことかと」
「ええ。監視カメラ、一部コードが切れた痕が残っていましたね。うちの奴が何人かで見た」
「え、監視カメラ自体!? 何かあったんですか」
と岩撫。
桶結。
「今は岩撫さんのお話をお聞きしたい」
「ああ、ええ」
岩撫は続ける。
「システム内の構造には、いくつか分岐がありましてね。その分岐の各々について、いろいろと管理がくっ付いてきます。ですけれど最近、ここ最近です。その分岐に、何故か道が出来てしまうんですよ。よく見ないと、気付くことは出来ない道」
「えっと」
依杏は眼をぱちくり。
「システムの分岐」
岩撫。
「あくまでも例えの部分が多いです。例えですから。実際には分岐だの道だのって言っても、システムの構成は一文字一文字、ちっちゃな文字のコードから始まっていますし」
依杏には分からない話。
岩撫。
「だから、小さな文字の間から。うまーく隠しおおせて、誰かがそこへ細工していたと考えることも出来ます。あくまで例えですよ」
「はぁ……」
釆原も変な顔をして、岩撫の話を聞いている。
自分だけじゃなかった、と依杏は少し安心する。
「でね、例えば細工は細工でも。悪質なやつであれば、何かしら働いてくるわけです。ただね。そのシステムの分岐、実害がないんです」
「実害がない?」
と桶結。
岩撫。
「ええ。そうなんです。ただね円山さんが、えらく気にしていまして『不正アクセスだ!』ってものすごく」
依杏には「不正」と言えば思い浮かぶものがあった。
だが今は言わない。
桶結を覗いて、釆原も数登も知っていることである。
不正アクセスと言えば、鐘搗麗慈である。
それも、慈満寺の今回の件で、数登の個人的な調査で。
意図的に行ったもの。
「実害がなくて」当然だ、と依杏は思いつつ、黙って聞いている。
岩撫。
「我々はよく知らないんです。鐘搗深記子さんと。鐘搗さん。ここの御住職です。宝物殿の扉をぱったり閉じているままですし。セキュリティ担当の円山さんが、地下入口の扉を一時的に閉じようって云っても。地下入口は、御存知の通り。そのまま開いていたから」
「地下入口は開いたままだったと。いうことですか」
桶結。
「ええ。で、システムの『不正』だなんだ、で円山さんは。ものすごく神経質になっています」
頭を掻きつつ。
「その上、恋愛成就キャンペーン中の地下の件。が、重ねて起きた。人が死んでしまった」
「神経質にもなりますよ」
と釆原。




