21.
お堂の裏で一緒。
ということは、数登さん側に郁伽先輩と、鐘搗の息子さんとやら。
依杏はまた、釆原凰介のファイルの中身を見つめた。
今ちょうど、鐘搗深記子とは距離があるので。
再び開いた形のもの。
鐘搗の息子とやらは、情報にない。
「麗慈くんでしたっけ?」
と依杏は、釆原へ尋ねる。
「確か、奴の名前はそんなだった」
「奴?」
「もともと、俺とは面識がなかった訳じゃないんでね」
で、こっち側。
こっちには鐘搗深記子。杝寧唯、それから杵屋依杏と釆原凰介。
「数登さんと落ち合うなら、ちゃんと工夫しないと」
と依杏。
「深記子さんは、息子さんの麗慈くんとやらも。探していると言ってました」
「寺の人たちが、人の死ぬのを気にしているのは明白」
と釆原。
「でも恋愛成就キャンペーンは、通常でやるっていうね」
「一応僕も派遣として、慈満寺を手伝っている身ではありますが」
と電話の向こう、数登。
「地下のほうに今、向かうつもりはありません。ただ先程、杝寧唯さんと仰いましたね」
「言いました」
と依杏。
「一応、六月にマリウィルで。数登さんも会ったことあります。おんなじテーブルだったんで」
数登。
「今、杝さんの容姿はどうなっています?」
「なんで、そんなこと訊くんですか」
「割と特徴的な容姿だったと、僕は記憶していましたが」
「寧唯はまあ、そんなところです。よく寧唯は、髪の色を染めるんです。あの子の趣味です」
「なるほど」
「おい。変なこと訊くなよ。とにかく、お堂の裏で三人居るっていうことだな」
と釆原。
「ええ」
「じゃあ上手く躱せるように。とりあえずそこで待て」
「分かりました」
「そちらへ向かう人数は増えるかも」
と言った、釆原凰介の予想は合っていて。
参拝客のみならず。
僧侶の面々も増えてくるように、杵屋依杏には見えた。
特に目立っていたのは、距離があるから今はよく見えないが。
重々しい雰囲気の団体。
おそらく「成就」関連の、メインパーソナリティと言ったところか。
恋愛成就キャンペーンにおける、祈祷など。
そこで活躍する人々だろう。
「数登は地下に居る」という誤情報を、鐘搗深記子に伝える。
それで、一応今の四人は地下に向かって、途中で釆原だけ進路変更をする。
釆原のみ、数登にファイルを渡す。ということになった。
ただ、慈満寺関係者には目立たないように。躱す前提ありき。
釆原さんは背が高い。目立たないかは微妙。
背だけで目立つ、と依杏は思ったものの。とりあえず寧唯に連絡を入れた。
釆原と依杏が前方、寧唯と深記子が後方を歩く。
電話のために速歩になったか、余計に距離があいていた。
そこを、寧唯だけ走って来て、依杏たちと距離が詰まった。
深記子は変わらず、ゆっくり歩いている。衣のせいもあるだろう。
「伝えておいたけれど。あれでいいの?」
と寧唯は、速歩から止まって。
息せき切って言う。
「数登さんは地下。でも本当はお堂の裏に居るけれど、それは言わない。みたいな感じで言った」
「そんなところで良いと思う」
と依杏。
「とりあえず数登さんへファイルを、渡せる感じにすればいい。ですよね」
釆原凰介へ尋ねる。
いい香りだ。
線香とも、なんとも違う香り。
参道を進むうち、エリアは更に奥まった。
建物も周りに見えるものも、趣向を凝らしたものが増えてくる。
お香か、それとも。建物美術か。
ここから先のエリアは本格的な寺院、という雰囲気。
後ろの荘厳な団体も、同じだった。
香りは前からも、後ろからも。
「なんか、似ている気がする」
と寧唯。
「これは、お香の香りだよね? 数登さんも、お香好きだったりしてね」
「あまり数登さんのこと私たち、よく知らないのに。予想?」
と依杏。
「渡してきた名刺が、似ている香りがしたんだ。今漂っている感じのと」
荘厳な団体。その真ん中あたり。
先頭に立って、歩いている僧侶。
「衣が立派すぎるが。よく分かんないけれど、あれは鐘搗じゃない? 先頭の」
と寧唯。
「やっぱり祈祷の準備的なやつかな。お堂に向かうのは、違いないね」
色とりどり。絵のように。
唐笠、三宝、供物。
葉の緑。金糸が日の光で映える。
ところどころ星のように。
脇を固める、白い衣を着た面々。
歩みは遅いが、彼らは徐々に深記子と距離が詰まる。
「あのまま、深記子さんと紺慈は合流しちゃうかな」
「とにかく深記子さんだけ、地下へ誘導する感じにしないと。数登さんへファイルを、渡せないかもしれない」
と依杏。
寧唯。
「数登さん、他に何か言っていた?」
「イレギュラーで鳴った梵鐘、あれ数登さんが鳴らしたって」
「そう、鳴らしました」
と電話向こうで、再度数登。
「随分目立ってましたけれど。音が」
と寧唯は苦笑して言った。




