12.
鳴っている。
鳴ってしまった。
ちょっと待て。
今はまだ、恋愛成就キャンペーンの始まる前だぞ!?
「慈満寺にある鐘が」
鳴ってしまった。
どうしよう。
と郁伽は思って、思わず来た道を引き返した。
これでもか、これでもかと打ち鳴らされている感じ。
わざとなのだろうか?
わざと、あえて、そうしている?
でも、一体何故?
来た道を引き返したはいいのだが。
あまりの轟音で、鼓膜が耐えられそうにない。
一方で、打ち鳴らしている人物だが。
変わらない。
変わらず鐘を、打っている。
ただ、あの手綱を一人で引くのは、簡単ではないだろう。
一体、何者だろう?
辺りは、参拝客その他はあまり、動揺した様子もないが。
「え、いま時間だっけ?」
という感じ。
そうなのである。
時間外に、「鐘が鳴った」。
あまり近くに行くのは憚られた。
轟音がすごいためである。
しかし、その人物が打ち鳴らすのをやめて。
少ししてから、出て来たのは麗慈だった。
裏から回って、出て来たようである。
轟音の余韻は残っている。
郁伽も近づいた。
あまり、慈満寺の鐘楼に関して、郁伽は調べていなかった。
「鳴るか鳴らないか」のほうを、気にしていた。
鐘楼そのものに関しては、あまり。
で、近づいていったら、結構大きい建物だった。
積まれた石と、その上に建てられた櫓のような所に、大きな鐘が釣り下がっている形。
銅で出来ているようだ。
更に何本も、幾重にもして作られたであろう太い手綱。
細いのから、とても大きいと言えるものまで。
積まれた石には階段。
そこを、降りて来た。
眼が合う。
葬儀屋? そうか。葬儀屋って杵屋と杝は言っていたっけ。
確かにそんな感じの恰好だ。
と郁伽は思った。
「鳴っていなかったな」
と麗慈が開口一番。
「鳴ったけれど、鳴っていない」
「それは興味深い」
と、一方の人物。
背はまあ、郁伽よりは明らかに身長がある。
「こっちは、鳴りましたね」
と、郁伽に言う。
「え、ええと……」
一瞬固まる。
「鳴りました。でも、鳴っていないってどういうことよ」
と麗慈へ。
「それが今回の仕事に関係あるんです! そもそも会ったばっかりなのに」
と麗慈はブツブツ。
「珊牙さん、この人が渡したいものがあるそうですけれど」
「僕にですか?」
「そう。数登珊牙っていう人を探しているって、言われたんで。連れて来ました。いや、違うな。ぼく、表で待っていてって。言ったでしょうに」
人相は知らないままだったが、郁伽は郁伽で、一応目的の人物に会ったことにはなる。
黒いスーツ。ネクタイはしていない。
確かに葬儀屋みたいな感じだし、全然見憶えがないかと言ったら、そうじゃあない気もする。
「お会いしたこと、あるらしくて」
と郁伽。
「ええ。あります。レストランで」
「ですよね。で、すいません。渡すものがあるっていうのは、私じゃないんですよ。釆原さんって人で。知り合いですよね」
「ええ。来ているんですか?」
「直接。だから数登さんを探していたんですけれど、いないみたいだったんで」
不思議な眼の色だなあ。
と郁伽は思った。
数登の眼が。
結構非効率である。
勢いに任せて走って来たはいいものの、やりとりというのは電子でも出来るものだ。
ただ、勢いに任せて来たのは事実なので、郁伽はそのまま元来た道を戻ろうとした。
しかし、数登に引き留められる。
代わりに来たのは、先程の本堂の裏手。
「調査っていうか、あたしも気になっていて」
「何がです」
「慈満寺で人が死んだ件です。釆原さんも、いろいろ知っているみたいだけど。あんまり教えてくれることはなかったんで」
「そうですか」
裏手に回ってあったのは、雑木林だけではなかった。
その他に、お堂そのものへ裏から回るための、入口か。
小さな扉があって、その前に小さな石段。
三人はそこへ、座る形。
「数登さんも、慈満寺の他にも。偲ぶ会とか、建物倒壊の件は知っているんですよね」
と郁伽は切り出した。
「釆原さん、あんまり話してくれたこと。なかったので」
数登は何も言わない。
ただ、取り出したのはカード。
「とりあえず。仕事の報酬は報酬ですね。これを」
と麗慈に。
「おおー。やっぱり星が多い! でも今回鳴らなかったんじゃあ、結局理解までは行かないってことだよねえ」
「鳴ったのは梵鐘のほうだと」
「そういうことになる。例のほうは、鳴っていない」
「それでも報酬です。渡すことには渡します。あとは、考えましょう」
「うん」
「一応僕も、件の倒壊のことについて知っています。ただ、あまり詳しくを多くの人に話したことはない。オウスケもそうしたんだと思いますよ」
と数登は郁伽に言った。
やっぱりそうすると、郁伽としては居たたまれず。
ちょっと、しんみりした。




