11.
入屋高校の「古美術建物研究会」。
高校全体でも言われていることではあるが、研究会では特にだった。
それが、郁伽が慈満寺に来た第一に上げられること。
「慈満寺で人が死んだ件」。
それは何が引き金になって、誰かが死ぬ羽目になったのか?
定かではないし、単なる噂レベルのことではある。
実際に、実証研究したわけでもない。
ただ「古美術建物研究会」では、よくこんなふうに言っていた。
「慈満寺にある鐘が、鳴るからでは?」
と。
郁伽にとっては、ちょっと予定外だった。
慈満寺で釆原と会うことは、予定に入っていなかった。
で、今は単独で突っ走っている。
多少速度は緩まったものの、肝心の「数登珊牙」の人相も憶えていない状態。
いずれにしても、数登さんとやらは、慈満寺で人が死んだことについて興味が大ありらしい。
で、ちょっと眼の先には、慈満寺関係者と思しき少年。
大きなお堂だ。
と、郁伽は思った。
お堂で合っているかな?
威圧感と大きさと線香。
それは中に入ったら、更に大きく感じられるだろうなあ。
とか。
お堂の正面ではなく、裏に回ってみる。
たぶんメインのお堂なのだろう。今も人の出入りがある。
裏に回ると雑木林だった。
ちょうど、少年もそこへ向かっていたし。
背が低い、それは私もだが。
と郁伽は思う。
だがそれ故に、脚の速さには自信がある。
「ちょっと、そこの子!」
「は?」
と言って、少年は振り返った。
「そこの子って、ぼくですか?」
「そう。今はあなたしかいないよね」
「そうですかね。参拝客の他の人を見ていないだけ、じゃないですか?」
郁伽はいくらかムッとした。
「いや、明らかに関係者だろうなあと思ったから。声を掛けたの」
「なんですか? 案内とか?」
「あのね、ここへ派遣に来ているっていう人を探していて」
「派遣……」
少年の表情が、険しくなる。
「いきなり言われてもね」
「それは、うん。確かに訊き方も、訊き方かもしれないわね」
と郁伽。
「ただ、ちょっと渡したいものがあってさ。急務なのよ」
「あの、ぼくも今仕事があるんで」
「何の仕事?」
「ぼくのも急務なんですよ。結構報酬が良い感じにつくんで」
「例えば?」
「た、例えば……」
ここまで言って、後には引けなくなったようで。
「ええと。欲しかったカードの星がかなり多いやつが、貰えるって」
「へえ」
と郁伽はニヤリとした。
「それで、急務だと」
「そ、そうです。じゃ、これで」
「あのね。じゃあ名前を出すから。数登珊牙とかいう人なんだけど」
少年が固まった。
「よりによって、珊牙さんかよ」
「かよって何よ」
「いや、ぼくも今その、珊牙さんに仕事頼まれているんです。数登珊牙さん」
「なら話が早い。ちょっと、その人の所に案内して欲しい」
「えー」
少年はぶーたれた。
「なんかペースに飲まれてますよね。ぼく」
「大丈夫、飲んでないから」
「そうですか」
「で、数登さんは?」
「その前にちょっと、寄る所があるんで。先にそっちでもいいですか?」
「別に構わないけれど」
「うーん。やっぱりちょっと待っていてもらいたいです。一応、お名前は?」
「八重嶌郁伽。たぶん数登さんの方が、言えば憶えているかもしれない」
「じゃあ予約ってことで。ちょっと、表で待っていてください。ぼくは鐘搗って言います。麗慈」
サンダルの件は、迂闊ではあった。
最初からスニーカーで来れば良かったのだけれど。
とか郁伽は思う。
お堂の裏から表へ回る前に、郁伽はいくらか雑木林その他を眼に留めておいた。
前日は雨が降った。
今日は雨は降っていない。
「慈満寺にある鐘が、鳴るからでは?」
ということ。
それに加えて、郁伽が気になるのは、「雨かそうでないか」ということだった。
あの鐘搗とか言う子は、雪駄でも普通に歩いていた。
郁伽では無理でも、慈満寺関係者であれば気にならない程度の、地面の状態なのだろうか。
お堂は恐らく「本堂」。
そして例の鐘撞台、所謂「鐘楼」。
位置的には、一応眼に入る位置にはある。
で、肝心の「慈満寺で人が死んだ件」。
それは地下で起こったことだ。
今郁伽の居る位置では、地下入口については全く見えなかった。
あの鐘搗という子は、「表で待っていて」と言ったよな。と思う郁伽。
ならば先に、その気になる地下の方を見ておくのが、いいかもしれない。
そう思って、郁伽は駆け足の準備をした。
一応眼に入る位置にある、鐘楼。
誰か居るか?
恋愛成就キャンペーン開始前の、今の時間。
エリアには参拝客が居るには、居る。
御朱印目的ではなく、参拝目的の人も当然だが居る。
で、その他には?
郁伽がいくらか速歩になった所で、視線の先に入った人物。
どこへ行くか?
地下でもない。お堂でもない。
行く先は鐘楼のようだ。
そのまま郁伽は行こうとして、地下までは距離があるのに気付く。
で、いきなりだった。
鐘が鳴ったのである。




