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嫌な転生

ミトコンドリア転生

作者: 水無月 黒

 気が付くと俺はミトコンドリアに生まれ変わっていた。

 え?

 ミトコンドリアだよ、ミトコンドリア!

 知らない?

 細胞の中にいるあれ。

 え? 余計に分からない?

 心配ない。

 俺だってさっぱり分からないから。

 前世、たぶん俺は人間だった。記憶ないけど。

 そして死んだ。これは仕方がない。どんな死に方したのか覚えてないけど、人間いつかは死ぬものだ。

 そして生まれ変わった。輪廻転生とか生まれれ変りとか本当にあるとは思わなかったけど、死んで終わりじゃなかったんだから儲けものだろう。

 でも何でミトコンドリアなんだよ!

 単独の生物ですらない、細胞内小器官だぞ。

 そんなものに魂が宿ってどうすればいい!?

 正直言って今の俺にできることはほとんどない。

 細胞の外に出ることもできない。

 周りの情報を集めることにも限界がある。

 俺がいるのは真核生物の細胞の中だ。細胞核もあるし、ミトコンドリア()をはじめとする細胞小器官を持っているのだから間違いない。

 細胞壁や葉緑素(クロロフィル)も見当たらないから、おそらく動物だろう。

 周囲の細胞と密接にやり取りしているみたいだから、多細胞生物なのだろう。

 分かったのはこの程度だ。

 これでもミトコンドリアに生まれてから頑張って調べた結果だぞ!

 自分のいる細胞がどんな動物のものなのかどころか、どの臓器の細胞なのかさえ分からない。

 まあ、赤血球じゃないのは確かかな。核があるし。

 白血球でもないな。免疫系の細胞はたまに近くを通ることがあるから何となく判る。

 そう言えば、ミトコンドリアが人間を乗っ取る小説とかなかったっけ?

 絶対に無理!!!

 たとえここが脳細胞だったとしても、考えを読み取ったり思考を操ったりとかできるわけもない。

 細胞一個だって掌握は無理だ。ミトコンドリア一個にできることなんて限られている。

 前世の記憶があろうがなかろうが、俺は一個のミトコンドリアとして生きるしかないのだ。


 ミトコンドリアの朝は早い。

 いや、ミトコンドリアに朝も昼も晩もないけれど。

 心臓が24時間365日鼓動を止めないように、細胞だって活動を止めない。止める時は死ぬ時だ。

 細胞内の小器官に過ぎないミトコンドリアだって眠らない、眠れない!

 一応活動の活発な時期と穏やかな時期があるけれど、昼夜に対応しているのかはよく分からない。

 ともかく、俺は休むことなくミトコンドリアの仕事をするしかない。

 ミトコンドリアの仕事は、簡単に言えばエネルギーの生成だ。

 細胞の活動は主にATPという物質をエネルギー源としている。それを作るのがミトコンドリアの役割だ。

 今日も細胞の活動が活性化してきた。細胞がATPを求めている。

 そんじゃ、行くぞー! おらおら、酸素をよこせ!

 ATP! あ、それ! ATP! あ、どうした!

 ふう、今日もいっぱい働いた。

 まあ、俺の意思とは関係なくミトコンドリアの体が勝手にやってくれるんだけどな。

 俺の意識がミトコンドリアに生じた意義は何?


 さて、ミトコンドリアの仕事はATPの製造だけではない。

 他にも色々な指示がやって来る。

 そうそう、細胞内や細胞間の情報のやり取りはメッセージ物質を介して行われる。

 例えばあそこに見える小胞体にくっついてるリボソームなんかはRNAを受け取ってタンパク質を合成したりする。

 えーと、今回の指示は…?

 分裂しろ?

 言葉で書いてあるわけじゃないが、解釈するとそんな意味だ。

 最近細胞の活動が活発だと思ったけど、まだまだエネルギーが必要らしい。

 はいはい、やりますよ。

 よいしょっと。分、裂!

 よし、完了。

 ミトコンドリアは細胞核とは別に独自のDNAを持っているんだよな。

 ……分裂して別れたあっちのミトコンドリアにも俺と同じような自我があるのだろうか?

それを確かめるには、メッセージ物質の語彙は少なすぎる。

 あっ、細胞核も分裂している。そうか、細胞自体が分裂するのか。


 ミトコンドリアに転生してからどれくらい経っただろうか。

 時計もカレンダーもないから時間経過がよく分からん。

 ミトコンドリアの時間感覚なんて分からないから、何年も経っていても一時間も経っていなくても不思議はない。

 その間新たに分かったことといえば、最寄りの毛細血管のある方向くらいだ。あっちの方から酸素や栄養がやって来るみたいだ。

 細胞の内外を行き交う大量のメッセージ物質の内容が理解できればもっといろいろと状況が分かるのだろうが、自分(ミトコンドリア)と関係ないメッセージはさっぱり意味不明だ。

 相変わらず自分のいる細胞が何をしているのかも分からないが、何となく最近は細胞の活動が活発になってきている気がする。

 ……ん?

 なんか見慣れない細胞が近付いてくる。あれは……免疫細胞かな?

 あ、リンパ球だ。

 免疫細胞で一番多いのは好中球だけど、リンパ球もたまに見かける。

 どこかで炎症でも起こっているのかな?

 あれ? なんだかこの細胞に引っ付いて……

 え? 細胞膜に孔が開いた!?

 ええ? なんか流し込まれてる? うわぁー!!!


 どうやら、俺のいた細胞は免疫細胞に攻撃されて破壊されたらしい。

 ウイルスにでも感染していたのか?

 それともまさか癌化していた?

 理由は分からないが、とにかく俺のいた細胞は死んでしまった。

 機能を失った細胞核とか、バラバラになった小胞体やらゴルジ体やらが漂っている。

 俺はほとんど無傷だが、細胞の外に出てしまってはまともに活動できない。このままでは死ぬのも時間の問題だ。

 どこかの細胞に潜りこめないものか……

 無理だな。ミトコンドリアは動けない。まあ、他所の細胞の近くまで行っても細胞膜を通れないだろうけど。

 あ、近付いてくる細胞がある!

 おーい、ちょっと入れてくれー! ATP作れるぞー!

 ……?

 あ、まずい!

 あれはマクロファージだ!

 どうしよう!?

 逃げられない!

 うわぁー、やめて、食べないで―!!!


嫌な転生シリーズ最新作、ミジンコを通り越してミトコンドリアに転生してみました。これ以上小さな世界は書ける気がしません。

次はまだ別の方向で考えてみたいと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これは確かに嫌な転生ですね…面白かったです。 自分の中にいるミトコンドリアにお礼を言いたくなりました。 [一言] 「ミトコンドリアの朝は早い」とフレーズで笑いました。
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