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9話 コボルトと魔法杖

 棍棒を振り回していたゴブリンと違って、コボルトが持っているのは槍だ。ダンジョンに合わせて短めのものではあるが、そのリーチの長さが脅威なのは変わりない。

 レンドとフェンが攻めあぐねているのが分かった。


 が、それも一瞬のこと。


 フェンのナイフが空を切り裂いてコボルトに突き刺さる。

 それに合わせてレンドが剣を構えて走り出し、私も呪文を唱え始めた。


「非力なる我に――」


 右手で杖を構えたまま、左手で鞄の外ポケットをまさぐる。目的の物はスッと出てきた。


「力を与えよ――【レウィス】!」


 いつもの通りに呪文を唱えたはずが、浮き上がった石は少なかった。それにサイズも小さいものばかりで、どちらかというと砂利だ。

 地面に目を向けるとすぐに原因が分かった。第2階層までと比べて明らかに地面が綺麗なのだ。

 

 環境に頼ってるせいで環境の変化に大きく左右されちゃうな……。


 解決策を考えたいけど今は戦闘の真っ最中だ。

 すぐに頭を切り替えて、ポケットから取り出した魔道具に魔力を通していく。右手は魔法を維持している最中だから少し大変だけど、このくらいの並列操作なら魔道具作成で慣れっこだ。


 小さな箱型の魔道具で、大きさはお弁当に果物を付けるときに使うあのミニサイズ弁当箱くらい。用途が分かりやすいように茶色に塗られている。


 魔力を通し終えると目の前の地面に置き、再び呪文を唱える。


「我が敵を貫きて滅ぼせ――【サギッタ】!」


 砂利混じりの小石がレンド達と交戦中のコボルトに向かって飛んでいく。


 魔法を撃ちながら振り返ると、レンドは槍で剣を弾かれて転んでいて、フェンはナイフを投げきって黒魔石と黒紫魔石のナイフを取り出しながら屈んでいた。

 良く確認せずに撃っちゃったけど、2人に当たらなくて良かった。


 私の魔法が当たったコボルトは吹き飛ぶどころか、大きなダメージを負った様子もなかった。

 ただ、砂が目に入ったのか槍を動かす手を止めていた。……これ使えるな。


「パリエスサクスム!」


 私が呪文を唱えると同時に、後方で地面から岩の壁がせり上がってきて道を塞いだ。これで挟み撃ちの心配はないだろう。


 ……まあ、これはさっきの魔道具の効果で、私はタイミングを合わせて叫んだだけなんだけど。

 魔術師なら使えて当然の魔法だから魔道具の売上は決して高くないが、魔術師がいないパーティーから一定の人気がある。


「ちっ、槍が邪魔だな」


 コボルトから一旦距離を取ったレンドが呟く。


 フェンは投げたナイフの傷と砂で動きが鈍ったコボルトを1体倒していて、レンドも別の1体の片腕を奪ったようだった。


「ここは私に任せて」


 手に持っていた杖を壁に立てかけると、鞄から別の杖を取り出した。

 ……魔術師が用いる「杖」とは機能が違うが、よほど詳しい人でないと見た目では区別できないだろう。


 柄に付いた赤い魔石に触れる。魔石が一瞬だけ淡く光ったのを見て、両手で構えた。


 よし、いける。


「純真なる灯火をもって我が道を照らし――」


 私の詠唱を聞いて、槍をかいくぐりながらコボルトに傷を増やしていたフェンが壁際へ飛び退いた。


 手から魔力が吸い上げられる。魔物の死体を燃やす時に使っている炎魔法とは比べものにならない量だ。


「阻みし者全てを焼き尽くせ――」


 杖の先に魔力が集まっていき、それが赤く光り始める。

 コボルトがレンド達から目を離して私を見た。慌てて槍を向けてくるが、もう遅い。


「ムルティアフランマ」


 赤い光は無数の炎球へと変わり、私の方へ走ってくるコボルトに襲いかかった。


 炎属性は「破壊」を象徴する。

 一瞬のうちにコボルトは吹き飛ばされ、体が破壊され、そして燃やし尽くされた。

 数秒ののちには、半分炭化し半分灰となった無残な死体へと姿を変えていた。


「ま、こんなもんかな」


 杖を鞄にしまい直し、代わりにナイフを取り出して魔石の回収を始める。火傷が怖いのでまずはフェンのナイフで倒されたコボルトからだ。


「……お、おい、リズって炎球なんて出せたっけ?」


「出せないよ。これ使ってみた」


 鞄からさっきの杖を取り出してレンドに手渡す。


「あ、昨日作った魔法杖か!」


「そうそう。思ったより魔力使ったからあんまり連発はできないけどね」


 さっきの岩壁と同じく、呪文を唱える必要は一切無い。魔石に魔力さえ流せば発動する。ただ単に詠唱してみたかっただけだ。


 学校では、皆が炎球の魔法で遊んでいる横で、その前段階のただの炎を出す練習をしていた。「炎球いいなー、かっこいいなー」と思いながら。

 結局炎球を出せるようにはならなかったが、炎球を出す魔法杖なら作れる。呪文も唱えてみたかったので、魔力を流してから発動するまでの時間を詠唱時間に合わせて設定した。


「……魔石回収の前に、後ろにいると思われるコボルトをどうにかした方が良いんじゃないでしょうか」


「あっ忘れてた」


 魔道具を解除すると、岩壁は瞬時に消え去った。


 そして、目の前に槍を構えたコボルトが2体立っていた。


「「「…………」」」


 驚きのあまり一瞬思考が止まってしまったが、それは向こうも同じだったらしい。


 慌てた私が杖で殴って槍を弾き落とすと、コボルトはあっという間にレンドとフェンによって討伐された。


「コボルトの魔石ってどのくらいで売れるんだ?」


「ゴブリンとほとんど変わらないよ。銅貨7枚くらいだから5体で銀貨3枚半だね」


 3人で食事したら無くなりそうな額だ。

 出来れば、コボルトの群れをもう2つくらい倒したいが……魔法杖に頼らないとなかなか倒せないのは悔しいな。


「道中で槍の対策を考えま――。……今の、聞こえました? 近くでコボルトが戦っているみたいです」


 私には何も聞こえなかった。レンドも首を横に振る。


「どうやら、コボルトが勝っているようです」


「じゃあ助けねえと!」


「そうですね。後から魔物を横取りした、と文句を付けられる可能性もありますが、ここは人命を優先した方が良いでしょう」


 コボルトから取り出した魔石をしまい、フェンの指す方向に向かって走り出す。警戒しつつ慎重に、けれど急いで走る。


 少しして、私やレンドにもコボルトが吠え声が聞こえてきた。確かに、さっきの戦いの時とは違う、獲物をいたぶるような声に聞こえる。


 頭の中に、コボルトに咬まれ、引っ掻かれて、血まみれになった冒険者の姿が浮かんでくる。その顔をレンドにしてみたら背筋がゾッとした。

 チラッと隣を走るレンドを見る。もちろん傷なんてどこにも無い。当然なんだけど、なぜかホッとした。


「こっちです!」


 フェンの案内で何回か角を曲がると、通路の先にコボルトが何かを囲むようにして集まっているのが見えた。吠えたり中心の何かに噛み付いたりしている。


 もう生きていないのでは、と思ったが口には出さず、走りながら杖を構えた。


「非力なる我に力を与えよ――【レウィス】!」


 さっきの炎球にしなかったのは、襲われている人が生きていた時に確実にとどめを刺すことになってしまうからだ。

 魔法杖と違って魔法の制御も簡単だし、地面近くは狙わないようにすれば何とかなるだろう。石の少なさを補うために、魔法をかける範囲を広くした。


「我が敵を貫きて滅ぼせ――【サギッタ】!」


 大量の小石や砂利がコボルトに向かって飛んでいき、反応も許さずに吹き飛ばす。


 コボルトがいた場所に、緑色に変色した死体がいくつか見えた。血も大量に飛び散っていて、かなり凄惨な状態のようだ。


「レンド、近くに来ない方が良いかもしれない」


 一言そう告げて、私とフェンだけが死体に駆け寄る。


 ってあれ? あの死体、耳尖ってるし服着てない。しかも近くに棍棒が落ちている。


「なんだ、ゴブリンか」


 少しホッとして呟いた直後、コボルトが1体起き上がった。

 カカカッ! と音を立てて4本足で走って逃げていく。


「食ら、えっ!」


「我が敵を貫きて滅ぼせ――【サギッタ】!」


 フェンがナイフを2本投げて、私も魔法を使う。石を浮かばせている余裕はないのでいきなり射出呪文を唱えた。


 フェンのナイフはコボルトの背中を切り裂くに留まり、私の魔法もコボルトの足が速いせいで左後ろ足にしか当たらなかった。浮遊呪文を省略したせいで精度が悪かったのもあるだろう。


「ふんっ!」


 フェンの3本目のナイフが当たるか当たらないかという瞬間、コボルトは角を曲がってしまった。


 私達が角を曲がる頃には、既に影も形も無かった。いくつかある枝分かれを覗いてみても見つからない。


 血が垂れていたりということもない。


 追跡は不可能だった。


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