4話 第2階層
今日は、パーティーに仮加入したフェンも入れて3人でダンジョンに潜る。
第2階層はゴブリンが群れで出やすいので、第1階層みたいに楽勝とはいかない。フレア姉がそう言っていた。
なので、場合によっては戦闘経験を積むことを優先して第2階層に数日潜る可能性もある。
ちなみに、広さ自体は第1階層とそれほど変わらないそうだ。
「じゃあ準備オッケーだね。フレア姉、行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい」
昨日食堂で話し合った結果、ダンジョン内ではレンド、フェン、私の順で歩くことになっている。
前は他の2人に任せて、私は後ろだけを気にしてれば良いだろう。
……敵を探す魔法とか使えたら便利なんだろうな。
実際、BランクやAランクのパーティーだと使える人が多いと聞く。
私が使える魔法のほとんどは学校で習った基本的なものだ。
Cランク冒険者を目指すなら、より応用的な実戦で役立つ魔法を覚えるべきだろう。
けれど、1か月でいくつもできるようにはならないだろうし、しっかり考えて勉強しないと。
基本の属性魔法を覚えるか、回復・治療系か、もしくは冒険者ならではの魔法――。
「そーいや、フェンは何で冒険者になったんだ?」
ダンジョンに入ったところで、早速レンドが話し始めた。
ちなみに、私達が冒険者をやることになった理由は、既にフレア姉から聞いているらしい。
「………………大した理由じゃないです」
フェンはボソッと答えた。
気にはなるが……聞かれたくないなら、これ以上訊かない方が良いだろう。
「そっかー。じゃあさ――」
「下らない話をすることより、周囲の警戒に頭を使うべきでしょう」
フェンの正論がレンドの言葉を遮った。
その後、第2階層の入り口まで誰も雑談を持ちかけようとはしなかった。
おしゃべりのレンドが一言も話さなかった時間としては新記録かもしれない。
「ゴブリンが出ないままここまで来ちまったけど……どうする? フェンもいるし、戻って脇道に入るか?」
脇道に入れば、結構簡単にゴブリンと出会えると聞いている。
私達は昨日1回戦っただけで、フェンに至っては今日が初ダンジョン。
第2階層でもゴブリンは出てくるが、ここで何回か戦っておくべきかもしれない。
けど――。
「私は進むべきだと思う。時間に余裕がないんだから、行けそうな時はどんどん進んだ方がいいよ」
「フェンは?」
「同意見です。俺もゴブリンと戦ったことはありますし」
「分かった。昨日と同じように、ひとまず第3階層の入り口を目指そう」
しばらく下りの一本道が続いて、やがて十字路に出た。地図を取り出して、右に進む。
数分の間はより気を引き締めようとしていたが……何十分も何時間もこの状態が続くであろうことを考えると、少し気を緩めずにはいられなかった。
やってることも、見える景色も第1階層と全く変わらない。
出てくる魔物もゴブリンくらい。
フレア姉も「このダンジョンは第3階層からが本番だよ」と言っていた。
潜る階層が深くなるに従って、ダンジョンの中にいる時間も長くなっていく。
ボーッとするのは論外だけど、気を張りすぎないことも重要だろう。
「リズ、後ろは大丈夫だよな?」
レンドの声も、緊張からか少し震えていた。
「大丈夫だよ。ちゃんと10秒おきに振り返ってるから」
私の役目は後ろの警戒。
ゴブリンは多少は頭の回る魔物だ。
だから、他の階層よりも待ち伏せや奇襲に気を付けるべきだと言われている。
特に十字路を曲がった直後なんかは注意しているから、そうそう後ろからの奇襲が成功することはないだろう。
「別れ道か。リズ、どっち?」
少し先にT字路が見える。
杖を壁に立て掛けると、ポケットから地図を取り出した。
「えーっと、左。右は主要な枝道の一本だって」
「その地図持ちます。リズは後ろお願いします」
「いいの? じゃあよろしく」
フェンに地図を渡すと、彼は数秒眺めてから懐にしまった。
「…………よし、オッケー。すぐにまた曲がり角だな。フェン、地図よろしく」
レンドが慎重に曲がり、私達もそれに続く。
右の道にゴブリンが潜んでいないかの確認も大事だ。
右を見てみると、左の道と同じく、すぐに曲がり角があった。ジーッと見つめるが何かがいる気配はしない。
少なくとも、見える範囲にはネズミ一匹いなかった。
「レンド! 曲がり角の先にゴブリンがいます!」
フェンが叫んだのは、それからすぐのことだった。
その声で、自分達の存在がバレていると気づいたのだろう。
レンドが剣を構えるのと、ゴブリンが飛び出してくるのはほぼ同時だった。
私も気持ちを切り替えて杖を構える。
「「「ホォガァァアアア!!」」」
ゴブリンが一斉に叫ぶ。
声量は大したことがなかったけれど、鳥肌が立った。
恐怖によるものか、気持ち悪さによるものか。
「非力なる我に力を与えよ――【レウィス】!」
私が呪文を唱えると同時に、フェンが取り出したナイフを投げる。
ナイフはゴブリンの眉間の眉間へと吸い込まれていった。
「ゴブリン3体!」
叫びながら、レンドも走り出す。
勢いのまま、横薙ぎに剣を振るう。
「おらぁああ!」
最初のゴブリンが棍棒を振り下ろす前に、レンドの剣が胴体を吹っ飛ばした。
血を撒き散らしながら、地面を転がっていく。
ゴブリン達も1体目の犠牲は考えていたのか、残りの2体とも真後ろには立っていなかった。
もっとも、2体のうち片方は既にナイフによって崩れ落ちている。
剣を振り切ったレンドに対して、最後の1体が駆け寄る。
が、心配はなさそうだ。
フェンが投げたナイフが綺麗に突き刺さった。
持ち主がいなくなった棍棒はそのまま宙を舞ったが、レンドに弾き落とされた。
「呪文唱えるまでもなかったね……」
魔法を解除しようとした時、ふとさっきのことを思い出した。
――右も左もすぐに曲がり角。
一応ゴブリンが隠れていないかは確認したが、嫌な予感がした。
「っ! 我が――」
振り返ると、迫り来るゴブリンの群れがいた。
全速力で走っているはずなのに、なぜか足音がほとんど聞こえない。
「――敵を――」
前方にいたゴブリンは囮!
気づいても、遅い。
レンドもフェンもまだ気づけていない。
思わず目を瞑ってしまった。
振り上げられた棍棒が、私の頭に――。
「【サギッタ】!」
無意識のうちに叫んでいた。
呪文はまだ唱え終わっていない。
狙いを定めて杖を振ることもしてない。
それでは、魔法は発動しない。
鈍い音が響く。
痛みはない。
自分の体が倒れていくのが分かる。
「リズ!」
レンドが駆け寄ってきて、私の体を揺さぶった。
ああ、頭がぼんやりする。
手足も動かない。いや、動かすってどうやるんだっけ。
「おい、リズ! おい!」
誰かが私をぐらぐらする。うるさい、叫ばないでよ。
ああ、眠い。
口に何かが突っ込まれる。
何も考えられ……な…………。
「大丈夫ですか?」
側に突っ立っている、無愛想な少年が言った。
急速に眠気が覚めていく。
頭を触ると、傷一つない、いつも通りの頭だった。
口に入っているのは――。
「魔力回復薬?」
そう書かれた小さめの青いビン。
「ええ、低級ですが。魔力切れにはポーションが1番ですからね」
周りを見回すと、血と石にまみれたゴブリンの死体がいくつも転がっていた。
「リズ! 詠唱省略できるとかすげぇじゃん!」
つまり、【サギッタ】と叫んだだけで魔法が発動したと、そういうことらしい。