3話 無口で無表情な少年
「ごめん無理吐きそう」
それだけ言って、レンドは通路を走っていった。角を曲がった所から、盛大に戻す音が聞こえてくる。
「それでも武器屋の息子かよ……」
魔物を倒しただけでは稼げない。
使える素材を剥ぎ取ったり、切り取ったり、引き抜いたりして、ギルドに持っていくことで初めてお金になるのだ。
けれど、魔物といっても生き物なので、口で言うほど簡単ではなく、血やら内臓やらで気分を悪くする新人も多いと聞く。
つい先ほどまで生きていたというのも大きいのだろう。
「やっと2体目……きっついなぁー」
ちなみに、うちの店のように魔物の素材を使う店では、時に1体丸ごと仕入れることもある。
必然的に、私も解体は何度もやったことがあるし、ゴブリンくらいで吐くこともない。
レンドも同じだと思っていたのだが、そうでもないようだ。
……武器屋の親父さんも、次男のレンドに店を継がせる気はないみたいだし、仕方のないことかもしれない。
「よし、これで3体終わり! ……そろそろ落ち着いたー?」
「あ、ああ……」
よろよろとレンドが戻ってくる。
「あ、ちょっと待ってて。……純真なる灯火をもって我が道を照らせ――【フランマ】!」
呪文を唱え、ゴブリンを灰になるまで焼く。
ゴブリンで売れるのは体の中心部にある魔石だけ。
それ以外のいらない部分は燃やす等の方法で処分するのがルールだ。
何でも、腐った死体に触れた空気や水は病気の原因になるらしい。
また、この時必ず魔法で燃やさないといけない。
昔死者が多く出たとかで、ダンジョンの中で普通の火を使うのは禁止されているからだ。
おかげで魔法が使えない人や魔力が少ない人向けの炎の魔道具がよく売れるので、魔道具店としてはありがたい禁止事項である。
「さて、第2階層に向かおうと思ってたけど……大丈夫?」
「あーうん、吐いたら楽になった。全然いける」
不安だなぁ。
無理してゴブリンの餌になったら元も子もないし。
ふと気になって魔道具で時間を確認すると、既に夕方になっていた。
「……じゃあ、時間も遅いし、第2階層の入り口だけ確認して帰ろっか」
地図によると、すぐ近くに第2階層へ続く坂があるはずだ。
ここまで歩いてきてゴブリンと戦ったのは1回だけ。
坂の近くに集まっているのでもなければ、今日はもうゴブリンと出会うこともないだろう。
「なあ、ゴブリンの魔石3つでいくらになるんだ? 金貨になる?」
「えーと、1つが銅貨6枚だから、銀貨2枚にもならないね。あと14体で金貨かな」
正直、1日の稼ぎとして考えるとかなり少ない。
毎日ゴブリンと何回も出会わない限り、第1階層だけで生計を立てるのは難しいだろう。
「あ、あれじゃないか?」
「第2階層入り口って書いてあるから間違いないね」
壁に木の看板が打ち付けられていた。
かなりボロボロになっているから、昔の冒険者が書いたものなんだろう。
「じゃあ帰ろっか」
「そういや、金ってどう分ける? 普通は等分するらしいけど、解体とか地図とか全部任せちゃったから申し訳なくてさぁ……」
「いや、そもそも分けるほどないでしょ。このお金でご飯食べてこーよ」
「あっいいなそれ。そうゆうの憧れてた」
レンドが目をキラキラさせているのを見ると、今回のことがなくても彼は冒険者になっていたんじゃないかと、そう思った。
もし、ウィルゴ商会が圧力をかけてくることがなかったら。
私は何事もなく店で働いていて、レンドは冒険者をやっている。
そんなことになっていたかもしれない。
それよりかは、一緒にダンジョンに潜れる今の方がいいな、と思った。
――
ずっと話しながら歩いていたら、いつの間にか入り口まで戻っていた。
入る時はとてもドキドキしていたのに、今は何を食べるかで頭がいっぱいだ。
扉を開けると、何人もの冒険者で溢れていた……ということはなく、フレア姉と1人の少年がいるだけだった。
しかも、その少年は座って本を読んでいるだけなので、フレア姉は暇そうにしていた。
「全然人いねーな……」
「まだ皆ダンジョンの中だからね。特に今日は第3階層で泊まりの人が多いし」
「泊まり?」
「うん、深くなればなるほど、往復するのに時間がかかるから。……で、二人とも、初めてのダンジョンはどうだった?」
「ゴブリンと1回戦っただけ。これ、換金お願い」
魔石を3つ、カウンターの上に置く。
この小さな深緑色の結晶だけが今日の成果だ。
「3つで銅貨18枚ね。第2階層までの最短距離歩いたんでしょ」
「え? 何で分かったん?」
ぼんやりと依頼掲示板を眺めていたレンドが振り向く。
「皆が通る所だから、ゴブリンもなかなか近寄らないんだよね。脇道に逸れれば結構いるよ」
なるほど。
さっさと次の階層に行きたい人はあまり戦わなくて済むし、その階層に慣れたい人は違う道に入ればいいのか。
「で、ちょっと話があるんだけど、パーティーの人数を増やしてみる気はない?」
フレア姉はそう言って、椅子に座っていた少年の方を向く。
少年も本を閉じて立ち上がった。話は聞こえていたらしい。
「今日2人の後に来たの。パーティー希望らしいから、年齢が近くてランクが同じだし、紹介しようと思って待っててもらったんだ」
「はじめまして、フェンです」
そう言って、無愛想な青髪の少年は少しだけ頭を下げた。
「えっと、フェンはナイフを使うらしいんだけど、どうかな?」
「2人だと少ないし、良いと思う。レンドは?」
「明日一緒にダンジョンに入って、それからだな」
「じゃあ、パーティーメンバーに仮登録しておくね。……そう言えば、2人のパーティー名は?」
言われて初めて、決めていなかったことを思い出した。
うーん、どんなのが良いんだろう。
「『冒険者レンドと仲間たち』……とか?」
「それ本気で言ってんの? 却下に決まってるでしょ」
レンドと2人、考え込む。
……うちの店のマークはドラゴンだから、『竜のなんとか』みたいな名前はどうだろう。
でも、確か武器屋は剣のマークだし、そっちも入れた方が良いよなぁ。
じゃあ『ドラゴン・ソード』とか。
……いや、有名なパーティーであったような気がする。被るのは良くないだろう。
『剣と竜の誓い』か『剣竜の誇り』か……。いやちょっとダサいかも。
あっ、フェンが入るなら、彼に関係する言葉も入れた方が良いかも。でも、実家が店をやってるとは限らないし、何を――。
「思い付かないなら、私が適当に決めちゃおっか?」
ここで、嬉しい提案があった。
フレア姉のセンスなら、まず間違いないだろう。
昔3人で子猫を拾った時も、私とレンドが迷ってる中、ビシッと名前を決めてくれたものだ。
「お願い! レンドもそれで良いよね?」
少し迷ったようだが、「おう」と首を縦に振った。
「決めてから文句言わないでよ? 何回も考え直したくないからね」
「大丈夫、絶対それにするから!」
「じゃあ……よし、『希望の星』、これで決まりね!」
さすがフレア姉、僅か2秒で決めてくれた。
希望も星もかっこいいし、私達の状況にも合っている。
レンドは微妙だなぁ……って顔だけど、あいつはちょっとズレているし、仕方ない。
フェンは……無表情でどう思っているのか分からない。
「フレア姉、ありがとう!」
そうそう、猫の時もかっこいい名前で、私は大喜びしたものだ。
かつて3人で拾った、闇夜のように真っ黒な子猫。
いろいろあったけど、可愛がっていたことに違いはない。
名前は「ナイト」だった。
――
その後、初ダンジョンとパーティー結成を記念して、みんなで近所の食堂に入った。
私はパンとスープ、レンドはがっつり肉を食べた。
ナイフで切ることもせず、肉にかぶりついたレンドは本当に幸せそうだった。
やっぱり私も肉にすれば良かったかもしれない。迷ったんだよなぁ……。
そうそう、一緒に食事すれば、フェンのことがいろいろ分かるだろうと思ったのだけど。
なんと、分かったのは無口で無表情ということだけだった。
「黙ってても機嫌が悪いわけじゃないんで、2人は話しててください」とのことだ。
あとは、もしかしたらお金に困っているってことくらいだろうか。
私達が食べてる横で、1人だけジュース飲んでたし。
もちろん、家でお母さんがご飯を用意して待ってるのに、誘いを断れなかっただけって可能性もある。
「じゃあ払ってくるねー」
「あ、自分の分出しますよ」
「いいっていいって。どうせ今日の稼ぎからだすし、フェンは仮とはいえパーティーのメンバーなんだから」
冒険者は必要な物を買う時、個人のお金ではなくパーティーのお金を使う。
線引きはパーティーによってさまざまだが、皆で食事した時の支払いはパーティーの財布から出してもおかしくないだろう。
「会計お願いします」
「銅貨20枚になります」
今日の稼ぎは銅貨18枚。
つまり、銅貨2枚足りない。
やっぱりフェンに出してもらえば良かった、なんて思ってしまう私はケチなのだろうか。
本文に入れられなかったので、ここに書いておきます。重要ではないので覚えなくてもいいです。
石貨10枚=銅貨1枚
銅貨10枚=銀貨1枚
銀貨10枚=金貨1枚
作者が物価を決める時に何となく考えている程度ですが、円換算はこんな感じです。
石貨1枚=10円
銅貨1枚=100円
銀貨1枚=1000円
金貨1枚=1万円