2話 冒険者登録と初めてのダンジョン
緊急集会の日から3日。
他の店にも声をかけて、集まったメンバーで一緒にパーティーを組むことになった。
私の予想では、5、6人は来るかと思ったのだが……。
「あんただけ?」
「だって、俺らと同年代がいる店って他になくね?」
まあそうなんだけど。
もう30だから動けないだとか、お前ら店やる気あんのかよって思う。
「私が魔術師であんたが剣士だから、バランスは良いのかな?」
「2人でバランスもへったくれもないんじゃ……」
私とパーティーを組むことになったのは、武器屋の息子のレンド。
剣は親からある程度習っているから、私よりかは役に立つだろう。私、学校で習った魔法くらいしか使えないし。
「じゃあ、入るぞ?」
「いいから早く入ってよ」
レンドが押すと、扉はギィーと音を立てて開いた。
木造特有の木の匂いに混じって、汗と血の臭いが微かに漂ってくる。
3年前、2人で登録しに来た時以来だ。
ちなみに、その時は登録料が意外に高くて止めた。
正面にはカウンターが3つ並んでいて、右にはいろんな紙が張り付いた掲示板、左には軽く食事のできるテーブル。
カウンターに受付がいる以外には誰もいない。いくら冒険者でも昼間から飲んでる人はいないのだろう。
「やっと来た! レンドとリズが冒険者になるって聞いて、ずっと待ってたんだから!」
「フレア姉!」
カウンターに立っていたのは、近所の幼馴染だった。
数年前に就職してからはあまり話してなかったけど、全然変わりないようだ。
「2人とも、ギルドの役割とか規約とか説明しなくても分かるよね? じゃあ登録料は銀貨5枚です」
その説明、飛ばしたのバレたら怒られない? 今さら説明されなくても分かるけども。
確か、ギルドが冒険者からダンジョンで採れたものを買い取る、なんて基本的なところから、歴史の中でいかに冒険者ギルドが役に立ってきたか、みたいな話まで聞かされるやつだ。
規約の方も、殺人はダメ、窃盗もダメ、みたいな常識的な内容しかない。
「はいこの板の上に手置いて。……冒険者カードでできることは分かる? はいレンド」
「迷宮に潜ってた時間と、ボスを倒したことが分かる?」
「それ以外にもあるよ。はいリズ」
「ランクが一目で分かる、本人の物か判別できる。だから身分の証明になる」
「オッケー完璧! さっすがリズ! ……はいこれ二人のカードできたよ」
渡されたカードには、「Eランク リズ・マドーク」と書かれていた。
フレア姉は何年も勤めているだけあって手際が良い。少し話している間に手続きが大体終わっている。
……説明をほとんど飛ばしたからか。
「今日からダンジョン潜るでしょ? そこの扉から入れるから」
フレア姉は掲示板とカウンターの間にある扉を指差す。
「気を付けてね。いってらっしゃい」
「いってきまーす」
扉を開けると、少しひんやりした空気が流れてきた。
ダンジョンの入り口は冒険者ギルドの中にある。子供が間違って入ってしまったら危険だからだ。
しかし、実際に見てみると「中にある」という表現は少し間違っている気がした。
「これ……だよな」
「それしかないもんね」
岩場に開いた穴を、壁で囲っているだけ。
中を覗けば暗闇と石ころが見返してくる、自然な洞窟だった。
この町のダンジョンが洞窟型だっていうのは聞いていた。
だけど、もう少し文明的な建造物だと思っていた。こう……古代文明の遺産みたいな。
「灯りはいらないって聞いてたけど、嘘じゃん」
「とりあえず入ってみようぜ。少し奥に進めば誰かが付けてくれたランプとかあるかも」
「そうだね。入場料とかないし」
穴の深さは……飛び降りれなくはないけど、足にジーンと来そうだ。私の背より少し高いくらいかな。
ロープや杭は付いてなくて、岩に手を掛けて降りるしかないらしい。
「「…………」」
無言で少々見つめ合い、レンドから降りることになった。
続いて私が降りている間に、レンドはさっさと奥へ進んでしまった。
「ちょっと! 置いてかないでよ!」
「こんなとこで魔物なんか出ないだろ」
道幅は2人で並んで歩くには余裕だけど、3人は窮屈なくらい。
緩やかな下り坂がずっと真っ直ぐ続いていた。
壁とかじっくり見てみたいけど、今は観光している場合じゃない。残念だけどレンドに付いていく。
「あれ? ランプないのに明るくない?」
「だな。それに、自然な洞窟にしては歩きやすいし」
私も幼い頃から冒険者の話を聞いてきたから、ダンジョンについての知識はある程度持っている。
ダンジョンというのは物によってまちまちで、洞窟だけじゃないし、灯りがない場所も多いそうだ。
違いが多すぎて、共通点と言えば魔物がいることくらいしかない。
なのに、魔物が住み着いているだけではダンジョンとは呼ばれない。
じゃあ何をもってダンジョンと呼べるのかと聞くと、はっきりした答えは出ていない。
ただ、1度でもダンジョンに潜ったことがある者は皆、口を揃えてこう言う。
「なんかダンジョンって感じがする」
昔から「何でだよ!」と思ってきたが、今なら分かる気がする。
こう……空気が違う感じがあるのだ。外の世界とは隔絶されているような、別世界に迷いこんだような、そんな感覚が。
「リズ、第1階層に出てくるのってゴブリンだけだっけ?」
「うん。たまに群れてることもあるけど、基本は1,2体ずつで行動してるって」
やがて一本道も終わり、三叉路や十字路、カーブした道などに出くわすようになった。
必ず毎回、持ってきた地図を開いて道を確認する。
「全然ゴブリンいないね。もうすぐ第2階層じゃん」
「一回も戦闘してないのに次の階層行けるのか。……慣れるためにも出てきてくれると嬉しいんだけど」
「じゃあ、ゴブリン倒すまでは第2階層には進まない、ってのはどう?」
「良いん――」
レンドが急に黙った。
剣を構えて立ち止まる。
どうしたの、と聞くまでもなく分かった。
前から3体のゴブリンが走ってくる。3体とも手には大きな棍棒を持っていた。
小鬼、なんて言うこともあるけど、とてもそうは思えなかった。
身長は人間の半分くらい。小さいはずなのに、殺意を持って走ってくる姿はとても大きく見える。
初めて見る生きた魔物を前に、私もレンドも固まってしまった。
「あっ魔法――」
やっと手に持った杖を掲げた時には、ゴブリンはすぐ目の前にいた。
動けていないレンドに向かって、大きな棍棒が振りかざされる。
思わず目を瞑る。
鈍い音がして目を開けると、先頭のゴブリンが殴りつけたのを、レンドの剣がギリギリの所で防いでいた。
2体目も棍棒を振り上げる。
「おりゃあっ!」
呪文を唱える暇はなかった。
杖で1番近くにいた2体目の頭をぶん殴る。
レンドが先頭のゴブリンの腹を蹴っ飛ばしたのが見えた。
「非力なる我に力を与えよ――【レウィス】!」
唱えたのは、重い物を持ち上げる時によく使う魔法だ。
そこらじゅうに落ちている石ころが一斉に浮き上がる。
「我が敵を貫きて滅ぼせ――【サギッタ】!」
学校の休み時間には、よく魔法を使ってキャッチボールしたものだ。
今まで数えきれないほど使った呪文。
ただし、込めてる魔力は段違いだ。
石が勢いよく吹っ飛ぶ。そして、2体目と3体目の全身にぶち当たる。
地面に体を打ち付け、ゴロゴロと転がっていく。そして、そのまま起き上がってこなかった。
残りの1体に目を向けると、レンドによって真っ二つになっていた。
断面から血が流れていく。
今になって、心臓がバクバクと早鐘を打っていることに気づいた。
レンドが微かに微笑んでいた。
多分、私も同じような顔だろう。
何も言わず、拳を突き合わせる。
初勝利だ。