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13話 リズが倒れた後の話

一般冒険者視点です。

 その異様な光景に出くわしたのは、最近狩り場にしている5層からの帰りだった。

 1泊した疲れもあり、比較的魔物が弱い第3階層に入って俺達は油断していた。


「……待った!」


 突然、前を進む斥候のリリーが止まるように指示を出す。


「ロブ、反応は?」


「闇に隠れし者に光を――【フルクティクル】 ……コボルトが何体かいるくらい。数は多いけど珍しくはないね」


 魔術師のロブはかなり優秀だが、さすがに探知魔法を常時使用するほどの魔力はない。だから定期的に周囲を確認する以外には、斥候のリリーが異常を感じた時くらいにしか使っていなかった。


「よし、仕留めるぞ。ロブは先制、俺が右でリリーが左だ」


「「了解」」


 リリーを先頭に、慎重に角を曲がる。何年も一緒に冒険してきて、お互いの戦い方や実力は良く分かっている。コボルトが10体程度ならいつも通り問題なく終わる。


 そう思っていたのに、角を曲がった先の光景にびっくりして一瞬固まってしまった。

 覗き込んだ角から数mの場所にある通路を、槍を持ったコボルト達が走って行くのだ。


 普段ならダンジョン内をゆっくりと歩き回っているはずで、しかも1つの集団は多くても10体程度だ。

 なのに、目の前を15体ほどのコボルトが走って行った上に、追いかけようとしたら後方からさらに10体ほどやって来たのだ。


「お、おい逃げるぞ!」


 25体となればさすがに不利だし、魔物の行動がいつもと違うのはとても不気味だった。

 幸い、他に獲物でもいるのかコボルトはこちらに一切興味を示さなかったので、無事に逃げることが出来た。


「あたし、コボルトがあんな大きな群れになるには何か理由があると思うんだ。何か知らないか?」


「いや、僕は心当たりがないな。リエンは?」


「俺も分からな……あ」


 1つだけ心当たりがあった。万が一これだったら大変なことになる。どうか違ってくれ、と思いながら口にした。


「誰かがコボルトに逃げられた……とか?」


 リリーが「ひっ!」と短く悲鳴を上げて、ロブの眉間に皺が寄った。


 コボルトの襲撃となれば確実に死者が出るし、他の冒険者を巻き込んだ大惨事になる可能性もある。一刻も早くギルドに情報を持ち帰らないといけない。


「さっきのコボルトを尾けようと思うんだ。さっきの様子なら、攻撃対象以外を襲うことはなさそうだし」


「そうしよう。コボルトがどこに向かってるのか分かった方がギルドも動きやすいだろうし、それに……何か出来ることがあるかもしれない」


 リリーは少し言葉を濁した。

 コボルトから攻撃対象の冒険者を助けることが出来たらベストだが、このダンジョンにはたくさんのコボルトがいる。Cランクにもなってない俺達が無理に首を突っ込んでも死体が3つ増えるだけだ。


 助けられないとしても、何もせずにはいられない。

 その気持ちはリリーも俺も、多分ロブも一緒だ。


「よし、行こう」


――


 ギリギリ見失わないくらいの距離でコボルトの集団を尾行する。

 途中で次々とコボルトが合流して、今では前に30体くらい、俺達の少し後ろにも20体くらいいる。もし襲われたらひとたまりもない。


 ただ、襲われることはないという、確信めいた気持ちがあった。


 なぜなら、ここは本来コボルトがいないはずの第2階層だからだ。コボルトが第2階層に上がる理由は襲撃以外に思いつかなかった。


「一旦脇道に逸れた方が良くないか?」


「そうだな。次の分かれ道を曲がった所でやり過ごして、後ろの集団の背後に回ろう」


 ……ま、まあ、進むのに邪魔だとコボルトに判断されたら殺されるかもしれない。無用なリスクは避けるべきだ。


「止まって」


 角を曲がってすぐの所で、リリーが何かを見つけたらしい。その目は通路の奥にある別の曲がり角を見つめていた。


「闇へと隠れし者に光を――【フルクティクル】 ……魔物じゃないね。冒険者みたい」


 ロブの言葉で警戒を緩めて曲がり角へと歩いて行く。


 角を曲がると、壁に張り付いてガタガタ震えている少女がいた。汗をダラダラ流していて、緑色の髪が額に張り付いている。

 俺達が視界に入っても、驚きも安堵もせず震え続けていた。


「えっと、大丈夫?」


 リリーがタオルで少女の額を拭ってやると、徐々に震えが止まってきた。


「おい、一体どうしたんだ?」


「その前に名前とランクは?」


「Dランク、サリーナよ」


 昨日だったか一昨日だったか、ギルドで緑髪の女冒険者を見た覚えがある。多分この少女だろう。

 魔術師、しかも若い女でソロだったのが印象に残っている。


「道でゴブリンと出くわして、戦っていたらその後ろからコボルトが50体くらい出てきて……必死で逃げたわ」


「こっわ」


 思わず口から声が出た。

 Dランク冒険者、それもソロの魔術師が50体のコボルトなんかに敵うはずがない。


「あのコボルトと一緒に来たなら、何か知ってるんでしょ? なぜコボルトが第2階層に?」


「……襲撃の可能性が高いんじゃないかと思ってる」


 そう言うとサリーナがサッと顔色を変えた。


「今日……希望の星が第3階層に潜ってたはず!」


「希望の星?」


「リズっていう魔術師と、レンドっていう剣士と、フェンっていうナイフ使いのパーティーよ」


「嘘だろ、あの子が!?」


 リズはよく行く魔道具店の一人娘だ。

 可愛いかったからもっと行こうと思っていたのだが、冒険者になったのが理由でしばらく店を開けられないと聞いている。


「あのパーティーならコボルトだって逃がしかねないわ。……早く助けないと」


 そこまで言うと、サリーナは走り出してしまった。まだ辛うじて最後尾が見えるコボルトの集団を追いかけていく。

 俺達も慌てて後を追った。


「おい待て! コボルトの襲撃ならまず助からない! それより自分が巻き込まれないようにしないと!」


「そのくらい分かってるわよ! あんた達も分かってて、それでも追いかけてたんじゃないの!?」


 それはそうなのだが、サリーナの勢いを見ているとそのままコボルトに突っ込んでいって死にそうな気がする。


「おい、後ろ見て話してるとコボルトを見失うぞ」


「あっ、いない! ちょっとそこの魔術師、探知の魔法は使える?」


「え、はい。……闇へと隠れし者に光を――【フルクティクル】」


 そこからしばらくはロブの魔法を頼りに進むことが出来たが、やがて完全に見失った。探知魔法をずっと発動することも、高頻度で発動することも出来なかったためだ。

 今になって、リズの店にあった探知の魔道具を買っておけば良かったと思う。高かったんだよなー、あれ。


「あーもう、役立た……ごめんなさい。これからどうするべきかしら」


「ギルドに戻って、この見失った場所までの道を報告しよう。もしかしたら、第1階層でもコボルトを見かけるかもしれないし」


 今まで俺達がコボルトを追いかけて走ってきたのはダンジョンの最短ルートだ。つまり、逃げている冒険者は地上まで逃げるつもりだったと考えられる。

 なら、どこまで逃げられたかによっては第1階層にコボルトがいる可能性もあるだろう。


「じゃあ早く――」


 突然、爆発音が轟いた。

 どんな大魔法を使えばこんな音が出せるのか分からない。少なくとも、コボルトとEランク冒険者の戦いで出た音だと言われても信じられないだろう。


「こっち!」


 サリーナが先頭に立って走って行く。今の音の発生源を聞き分けたらしい。

 このダンジョンで爆発音が起きそうなのは彼らの戦いくらいだ。向かう価値はある。


「なんだこれ……」


 そして、サリーナの判断が正しかったのがすぐに分かった。

 第2階層にはよくゴブリンが溜まっている小部屋がいくつかある。その1つに続く通路に大量のコボルトが倒れていて、無事だった個体が小部屋に向かって走っていた。


「純真なる灯火をもって我が道を照らし、阻みし者の手を焼き尽くせ――【ムルティアフランマ】!」


 サリーナの炎魔法がコボルトを言葉通り焼き尽くした。

 魔法の威力はCランクでも十分に通用するものだ。俺も魔法はそこそこ使えるつもりだったが、比べものにならない。


「お前、本当にDランクか……?」


「行くわよ!」


 小部屋の中は地獄のような光景だった。

 壁が真っ赤に染まり、地面は惨殺されたコボルトの間に血の水たまりが出来ている。


 百にも及ぶだろうかというコボルトの死体を前に、魔物の死体を見慣れているはずの俺達も足が止まってしまった。


「リズ!」


 けれど、サリーナはそのままの勢いで部屋に突入して、部屋の中心に倒れていた血まみれの少女へと駆け寄っていく。

 首に手を回し、胸に耳を当てて心の音を確認した後、再び地面に寝かせた。


「生きてる!」


 サリーナが嬉しそうに叫ぶ。

 誰もが死を確信していた中で、このEランク冒険者はコボルトを倒しきってみせたのだ。


「魔力切れだと思う。魔力回復薬を飲ませてあげて」


 そう言うと、サリーナ自身は部屋の隅にあった岩壁へと駆け寄っていった。


 ロブと俺が持っていたポーションをリズの口に含ませる。

 倒れている相手にがぶがぶ飲ませるわけにもいかないので、少しずつ流し込んでいく。


 近くには壊れた魔道具が散乱していて、戦いの激しさを物語っていた。

 大量のコボルトに襲撃されても生きていられたのは、Bランク冒険者にも匹敵するような魔道具を持っていたからだろうか。


「うわっ、酷い怪我!」


 サリーナは岩壁の奥にいた少年2人を引っ張り出してきて、鞄から取り出したポーションを全身にドバドバとぶっかけている。

 2人の体は血で染まっているが、それは特に外傷の見当たらなかったリズも同じなので、離れた場所からは怪我の具合は分からない。


「ってそれ、魔女んとこの最高級ポーションじゃ――」


「そうだけど何か?」


 サリーナが今4本目を取り出したポーションは、千切れた腕もくっ付くと言われる、この町で1番品質の高い物だ。1瓶で金貨5枚か10枚か、そのくらいの値が付いている。


 いくら人を助けるためとはいえ、何の躊躇も無しに湯水のごとく使うのはなかなか出来ることじゃない。


「助かったら全額払ってもらうから問題はないわ」


 応急処置が済んだ後は、ロブと俺とサリーナが1人ずつ地上まで運ぶことになった。


 サリーナの魔力は無尽蔵なのか、リズとその荷物を数時間ずっと浮遊呪文で持ち上げ続けて、さらにそのまま戦闘もこなしていた。


 希望の星とサリーナの4人でパーティー組んだらあっという間にCランクになれそうだ。


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