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10話 逃走

賤しき者 スライム食し死を逃れ、

貴き者 食を拒みて死に至る。


知識なき者 油断を知らず死を逃れ、

経験なき者 ゴブリン笑いて死に至る。


罪深き者 後方顧み死を逃れ、

慈悲深き者 コボルト招き死に至る。


臆病なる者 迷宮出でて死を逃れ、

勇敢なる者 ドラゴン倒し死に至る。


強き者 敗北知らず死に至り、

弱き者 敗北知りて死に至る。



 有名な冒険の詩を思い出した。今朝適当なリズムを付けて歌っていたやつだ。

 作者も詠まれた年代も分かっていないが、とりあえずかなり古いものらしい。


 この詩から分かるのは、そんな大昔からスライムは不浄なイメージがあったし、ゴブリンは雑魚の代名詞だったし、ドラゴンは勇者と結び付けられてきたということ。


 そして、コボルトは絶対に逃がしてはいけない、ということだ。


 コボルトを一匹でも逃がせば、付近のコボルトが大量に押し寄せてくる。

 そして、完全に死滅するか敵全てを肉片に変えるまで勢いは止まらない。


 コボルトはゴブリンに毛が生えた程度の魔物だが、ダンジョン内にいる全てのコボルトが襲ってくるのだ。Bランク以上の冒険者じゃないと突破は難しいと言われている。

 そして、Bランクならそもそもコボルトを倒し損ねるようなことはしない。


 だから、コボルトの襲撃に遭遇したら最後、まず生還できない。


 生き延びた人がほとんどいないので情報も乏しく、コボルトを逃がしてはいけない、以外のことは分かっていない。


「…………」


 誰も声が出なかった。

 急に色濃くなった死の気配が辺りに立ちこめる。


 レンドの足がガタガタと震えている。フェンの呼吸が大きく速くなっていく。杖を持つ手が汗ばんでいるのが分かった。


 俯くと、コボルトの光が消えたうつろな眼が視界に入ってしまった。解体する時には全然気にならないはずなのに、それがとても恐ろしいものに見えて目を逸らした。


 すぐ近くに、ゴブリンとコボルトの死体という分かりやすい例があるのも、この嫌な緊張感――恐怖に拍車をかけているのだろう。

 あと数十分後には、体をズタズタにされて、血の匂いが充満した洞窟の中で、誰にも知られずに死ぬかもしれないのだ。


「……起こってしまったことは仕方がありません。これからどうすべきか、考えましょう」


 いつもの自信に満ちあふれた声では無かったけれど、その声が空気を少しだけ軽くしてくれたような気がした。


「戦う……のは無理だよね。今から急いで戻ったとして、コボルトに追いつかれる前にダンジョンを出られるかな?」


「分かんねぇけど戻るしかないな」


「そういえば、ボスと戦う時は特別な部屋に入るんですよね? もしかしたら、そこにコボルトは入って来れないのでは……」


 ボスはボス部屋と呼ばれる空間にいる。

 ボス部屋に続く扉を開けると、明らかに洞窟内とは思えない場所に繋がっていて、そこでボスと対峙するらしい。

 手下を呼ぶタイプのボスもいるが、第3階層のボスがコボルトを呼ぶという話は聞いたことがない。


 ボスさえ倒せるなら、コボルトに襲われるよりかは――いや、ダメだ。


「ボス部屋の入り口付近にはコボルトの巣が大量にあったはずだから、難しいと思う。コボルトはボス部屋の方向から押し寄せてくるわけだから」


「じゃ、ダンジョンの出口まで急いで戻るしかねーな」


 相談を終えると、小走りで来た道を戻り始めた。全速力で走って逃げたい気分だが、歩いても数時間はかかる道のりなのでそうもいかない。

 曲がり角に敵が潜んでいないかの確認以外、何もせずにひたすら進み続ける。


 第2階層に入った辺りでゴブリンに遭遇したが、フェンがあっという間に片付けて魔石を取ることもせずに焼いた。


「リズ、魔物ってダンジョンから出られるんですか?」


 唐突にフェンが質問した。私の息はかなり荒くなっているが、フェンはこのくらいなら全然平気なようだ。


「中の魔物が、極端に多くなると、ダンジョンから溢れ出てくる、って言われてるよ。滅多にないけど」


 答えた後で、フェンが何を言おうとしているか分かってしまった。

 多分、私もレンドも意識の片隅ではずっと分かっていたと思う。


「俺達がこのままダンジョンから出られた場合、町が危険に遭う可能性があるってことですね」


「……魔物がダンジョンから出てくる正確な条件は分からないんだ。それに、ギルドには俺達よりランクが高い冒険者がいる」


「そうだよ。……、うん、ギルドまで辿り着けば何とかしてくれるはずだから」


 私の口から思ってもいない言葉が出てきた。

 昼間のこの時間にギルドにいる冒険者はほとんどいない。昨日も一昨日も、その前もそうだった。


 でも、それを口にすることはどうしても出来なかった。怖かったから。


「…………ですね。急ぎましょう」


 私の気持ちが伝わったのかは分からないが、フェンは会話を終わらせた。


――


「ガウッ!」


 第2階層の真ん中辺りで、ついにコボルトに追いつかれ始めた。

 2体のコボルトが4本の足でぐんぐんと迫ってくる。


 シュッ! フュッ!


 そして、飛び掛かろうと身を屈めた一瞬にフェンのナイフによって息絶える。


 背中をチリチリと焦がすように「前へ進もう」という気持ちが募ってくるが、ぐっと我慢して炎魔法で焼く。


 誰も「間に合わないかもしれない」とは口にしなかった。けれど、「大丈夫、きっと間に合う」とも言わなかった。

 見え透いた嘘にしか感じられない言葉だし、嘘を嘘として言葉にしてしまえば見たくない真実がくっきりと浮かび上がってしまうから。


 それからほんの数分後、4本足で走るコボルトがまた2体襲ってきた。

 そしてフェンのナイフですぐに死んだ。


 どのくらいのコボルトが襲ってくるのかは分からないが、こんな風に簡単に倒せればいいのにな、なんて思う。

 もちろん、Eランクが潜る階層にいる魔物なのにBランクでないと切り抜けられないと言われているのだから、無理なのは分かる。


 それからすぐに、今度は4体のコボルトに襲われて私の魔法杖で撃退した。


「嫌な音が聞こえますね……聞こえますか?」


 耳を澄ませてみると、犬の遠吠えがチラホラと聞こえてきた。


「今度は聞こえる」


「多分、第2階層に入った辺りだと思います」


「時間がねぇ。急ぐぞ」


 背中にぴったりと張り付いた死神を振り払おうとするかのように、さっきよりペースを上げて走る。


 いつもはレンド、フェン、私の順で歩いているが、今はフェン、私、レンドになっていた。

 第2階層に入った辺りから地図を見慣れているフェンが先頭に立って、曲がり角でもほとんど止まらずに進み続ける。

 しばらくしてレンドが後ろの警戒を代わってくれた。足が1番遅い私が後ろを振り返っていると更に遅くなるかららしい。


「どうしたの?」


 第2階層の前半にあるT字路の1つで、フェンが急に止まった。

 クルッと振り返って、私達の目を見て口を開いた。


「リズとレンドは、あの町が好きですか?」


「それは、生まれ育った町だから……」


「今聞くことじゃねーだろ! 早く行くぞ!」


「ダメです。今聞くべきことです」


 フェンの真剣そのものの表情を見て、レンドも答えようとして――意図に気づき、ハッとした。


「好きだよ。もちろん。でも、その町に危険が及ぶって決まったわけじゃないんだ」


 レンドがフェンを睨み付ける。フェンも負けじと睨み返した。


「僕は来たばかりですが、素敵な町だと思います。あそこに住む人達を危険に晒さないためなら、自分を犠牲にしても良いと思っています」


「だからって……」


「コボルトが町を襲撃した場合、最初に襲われるのはギルドにいる人達です。今日もフレアさんは受付にいるはずですよ」


「…………」


 レンドは黙ってしまった。


 頭の中に、フレア(ねぇ)の顔が浮かんでくる。

 冒険者登録した時のフレア姉。「就職決まった~」って報告するフレア姉。お酒を飲んで絡んできたフレア姉。弱った子猫を見つけた時のフレア姉。


 思い出すのはどれも笑顔だった。


「それに、このままでは第2階層を出る前に追いつかれるでしょう。ならば、俺はできるだけ良い環境で迎え撃ちたいです」


「……別に死ぬことばかり考えてたわけじゃないんだね」


「何もせずに死ぬつもりはありませんよ。ただ、俺達がコボルトに殺される時に、冒険者でもない町の人達を巻き込みたくないだけです」


 私はほんの1週間前まで、自分が冒険者になるつもりは無かった。

 始めた理由の1つに暇潰しがあったのは否定しないし、死にかけるような目に遭ったのも挟み撃ちに遭った時の1回だけだ。


 死ぬ覚悟なんて持ってるわけがない。


 冒険者になれば死ぬ危険があるのは分かっていた。

 ただ、私は実力が無ければ死ぬとか、弱いものから死んでいくとか、そういう意味だと思っていた。

 魔物に負けなきゃいいんだろ、と思っていた。無理に進まなきゃいいんでしょ、と思っていた。


 こんな風に突然、死が降ってくるなんて考えもしていなかった。


 けれど、フェンは「死の危険」の意味を正しく分かっていたらしい。

 冒険者登録をしたのは私達と同じ日なのに。


「……フェンはどうしようと思ってるんだ?」


「ここを右に行くと、ゴブリンの溜まり場になっている小部屋があります。中はそこそこ広いのに入り口が狭いので、道で迎え撃つよりかは戦いやすいと思います。ただ、第1階層に続く道は左です」


「じゃあ、そこに行こう」


 レンドが驚いた顔で私を見た。


 死ぬ覚悟が決まったわけじゃない。町を守るための自己犠牲でもない。


 不利な環境で町を巻き込んで死ぬくらいなら、少しでも有利で誰も巻き込まない環境で、できる限り抵抗したいと思っただけだ。


「……俺もその小部屋の方が良いと思う」


 私達は右に曲がった。


 もう逃げることはできない。

 どうすればコボルトに勝てるかだけを考える。


 そうすれば、死の気配を感じなくなるような気がした。


遅くなってすみません。

できるだけ8時に投稿しようと思いますが、書き溜めがとっくに尽きているのでこれからも遅れることがあると思います。

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